小説 川崎サイト

 

提督の決断

川崎ゆきお



 踏切がある。新田にとり、いつも自転車で通る道だ。その前方の踏切はかんかん音を立て始めた。今なら間に合う。電車が来るまでかなり間があることを知っている。電車に轢かれるまでの時間は考慮していない。最初から考えていない。想定していないのだ。それは、踏切が閉まってから、電車が来るまでいつも長い時間待たされる。この時間が頭にあり、十分余裕があることを知っていた。
 新田が気にしているのは、かんかん鳴り出してから遮断機が下りるまでのタイミングだ。この時間が意外と早いことを知っている。下りかかったとき自転車で急いで渡ろうとしても間に合わなかったことがある。遮断機は上から徐々に下がってくるのだが、頭を下げた程度では間に合わない。自転車なら、傾けないとくぐれない。
 目安として遮断機に触れないでくぐれるタイミングが欲しい。それを超えてまで無理をする理由がない。特に急いではいない。急ぐのは、踏切待ちの時間が嫌なためだ。電車に撥ねられることより、待つ時間のほうが嫌なのだ。それは、轢かれる可能性を考えていないためで、なめているのだ。
 さて、今回は鳴り出してからのスタートだ。そのスタート地点が微妙だった。踏切との距離、自転車のスピードを演算した。この距離が遠いと自転車のスピードを緩め、踏切待ち時間を少しでも稼ぐ方向へ向かう。間に合いそうだと、逆に全速で漕ぐ必要がある。
「提督の決断」艦隊のシュミレーションゲームを新田は思い出した。そうなのだ。これはとっさの決断なのだ。そして、それで歴史が変わる。
 坂の具合、風の向きをとっさに読む。やや勾配があるものの、今走っているスピードは通常より速い。つまり、のんびり走りながらかんかんを聞いているのではなく、スピードに乗った状態で聞いているのだ。これは突撃しやすい。気落ちの上でも身体の上でも、スピードを緩めるより、加えるほうに傾く。
 距離は悪くない。さらに邪魔になるような車や通行人もない。ここまで条件が揃っているのは希だ。
 新田は一気に走り抜けた。
 渡り終え、振り返ると遮断機が動き出した。かなり余裕があったわけだ。
 新田は小さな満足を得、散歩を続けた。
 
   了


2011年12月30日

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