小説 川崎サイト

 

南無サム

川崎ゆきお



「冷えたんでしょうね」
 医者は若坊主に説明している。
「下痢は暖かくしておれば、治るでしょう」
「ありがとうございました」
 坊主はレトロな医院から出て、村道を行く。
 雪が舞っており、零下何度かだろう。
「暖かくか……」つぶやく坊主、声を出したためか、息が白い。
 煙草を吸う。そしてその煙も白い。息も白い。そのためか、ゴジラのように口から大量の放射線ジェットを吹き出しているような感じだ。
 まとめ吸いし、残った煙草は捨てた。
 そして向かっている。戻っていると言ってもいい。そこは宿坊だ。
「あそこで寝るとまた腹が痛くなる。医者は暖かくしておれば治るといってが、とてもではないが、あの寺では無理だ。長老だけがエアコンのある部屋にいる。そうだ。事務所にもエアコンが入っていたはずだ。しかし、そこで休憩するわけにはいかないだろう」
 非常に長い独り言だ。
 宿坊に戻ると、布団は上げられていた。
「まだ、寝るんだけどねえ」
 同室にいる同輩に文句を言う。
「入院でもしないと無理だよ」
「入院か。寒いから入院ねえ」
「あと、一週間だから、我慢しなよ」
「こんな薄着で、暖房のないところで、ひと月近くいるんだ。身体が持たないよ」
「岸本君のように夏にすればどう」
「いや、一ヶ月、休めるのは、この季節だけなんだ。途中で止めると、パーになる。終了したことにならないだろ」
「上田、立花、倉石、三人棄権した。残っているのは三人ほどだ」
「指がしびれてねえ。神経がないんだ。いや、あるにはあるが、ピリッとして、痛い。凍傷かと思ったけど、傷はない。足の裏もそうだ。指が腐りそうだ。神経がないんだ。入ってないんだ」
「僕は鼻がトナカイだ、皮がむけた。二回目だ」
 二人はがたがた震えている。震えが来ないのは風呂に入っているときだけだ。
「こんなのが、修行になるのかねえ」
「ああ、寒行だよ寒行」
「昔の人は偉いなあ。こんな寒いお寺で修行したんだから」
 修行僧達は、暖房用具をいろいろ持ち込んでいたが、すべて取り上げられた。五百年前と同じ状態で投げ出された。特に寒行と言えるような行があるわけではない。朝夕のお勤めや、掃除をする程度だ。しかし、その場所が寒いのだ。
「これで、寒さに耐えて、寒さを乗り越える精神力がつくと思う?」
「思わない」
「同感。僕は自分の寺に帰ったら、本堂にエアコン入れるよ。掃除は掃除機でやる。ぬれ雑巾で凍傷はごめんだ。ここで得たことは、暖房装置、寒さ対策が必要だと言うことさ。それ以外に何がある。得られるものはそれだけだ」
「声がでかい。聞こえるよ」
「アッサム南無サム」
 
   了


2011年12月31日

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