小説 川崎サイト

 

安くて高貴

川崎ゆきお



「またカメラの話ですか」
「そうだ。人生観が変わる日に、カメラを買ってる。今年は三台目だよ」
「そんなに人生観が変わるのですか。そういうものは一生に数度のことじゃないですかな。頻繁に人生観を変えていては、少しも人生観じゃない。そう思いませんか」
「多少のバージョンアップや、リニューアルはある。一度決めたからといって、そのまま放置しているのはよくない。それこそ進歩がない。修正すべきところは修正する。これです。これ」
「それとカメラはどう関係するのですかな。別にカメラを買わなくても人生観には影響しないでしょ。カメラと人生観は別々のはず。そうじゃないですか」
「カメラは象徴なのだ。僕の生き方にふさわしいカメラを買うことで、より強調する。また、それが記念になり、そのカメラを見ることで、人生観を忘れないようにする。そういうことです」
「要するにまたカメラが欲しくなったのでしょ。人生観は二の次じゃないですかのう」
「それはノーだ。先に人生観があり、その次にカメラがある。逆はない。これは断言してもいい」
「しかし、人生観を変えるたびに新しいカメラを手に入れることが出来るのなら、それが欲しいため、人生観を無理とに変えることも考えられる。人生観さえ変えれば、カメラが買えるわけだ。そうじゃないかね」
「人生観を変えるのは非常に辛い決心だし、人生を変えるほどのことなのだから、これはダメージを受ける。その保険だよ。保険」
「それは正しい保険の使い方じゃない」
「だから、その、つまり。クッションが必要なんだ。人生を変えるといいことがあると。だから、カメラはおまけなんだ。人生観を変えたことでのご褒美だよ。ご褒美」
「だからです。なぜそのご褒美がカメラなのですか。他のものでは駄目なのですか」
「それは趣味の問題だ。僕はカメラのメカニズム、そのカメラがどのような位置にあるのか、高いのか、安いのか、性能レベルはどの程度か。世間での受け具合はどうか。値下げ幅はどうか。等々を通して、自分の生き方に近い物をまさぐっておる。いわばたとえ話だよ。カメラにたとえることで、よりわかりやすく、具体的になる」
「それは儀式のようなものなのですかな」
「ああ、それそれ、的を射た推測だ。それなんだ。僕が言いたかったことは」
「では、カメラは写すための道具ではなく、仏具、神具のようなものですかな」
「仏具、神具は使うでしょ。カメラは写す。だから、飾りじゃない」
「ああ、なるほど」
「それで、今回変えた人生観の雰囲気に近いカメラを探してるのだが、これがなかなか見つからん。難産だ。買うと言うが、簡単に買えるものじゃない。探す苦労が必要だ」
「被害が少ないように安いのにしなされ」
「それは、下層へい下る人生観に繋がる。今回は貧しくても高貴がテーマだ」
「テ、テーマ」
「いや、テーマじゃなく、人生の指針がそうなっておる」
「そんなカメラ。私には見当がつかん。安けりゃ高貴じゃなかろう」
「それは高貴のとらえ方にある。清さなども高貴だ。飾り立て、ごちゃごちゃしているカメラは高貴とは言わん。しかし高いがな」
「まあ、私はカメラのことはよく知らんので、勝手にすればよかろうて」
「この数ヶ月。なかなか決まらんで、悩んでおる」
「数ヶ月。すると、年に数回も人生観を変えるとして、ずっとそのことで悩んでおられるのかね」
「いや、今回は重症。難産で、一発では見えん。さっと分かるときもある。今回は決め技がない」
「それで、私のところへ」
「そうなんだ。何かヒントはないかな」
「貧しくても高機能ではどうかね」
「ああ、高貴と高機能を掛けたのか。お見事お見事」
「ヒントになりましたかな」
「ああ、ピントが合った。安くて高機能なカメラがそれだ。これは探せば分かる。ありがたい」
「それはよかった。お大事にな」
「ああ」
 
   了


2012年1月1日

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