小説 川崎サイト

 

大晦日

川崎ゆきお



 大晦日、正岡は豆腐屋で厚揚げ六個盛りを買った。二割引で安かったがスーパーで買うより高い。これが正月最大の買い物になるとは思っていなかった。
 正月だから、少し上等な厚揚げにした。しかし、その豆腐屋では一番安いタイプの厚揚げだった。
 正岡は欲が出た。厚揚げだけでは正月とは言えない。青いものも必要だと。
 この青いとは、葉物を指す。つまり、ほうれん草や水菜や菊菜だ。正岡の予定では、厚揚げを焼いて食べようとしていたのだが、それでは寂しい。そこで野菜と一緒に厚揚げを煮て食べるというものだ。
 今度はスーパーへ入り、葉物を物色した。そして白菜を買った。
 名こそ白いが、見た限り緑色をしている。白い箇所より、緑が多い。だが、これは上側の数枚だけで、すぐに白くなるはずだ。しかし、正月は、その緑の部分を使えばいい。
 白菜にしたのは一番安かったためだ。しかし一玉は無理で、半切りにした。それでも先ほど買った厚揚げ六個より値が張った。メインより高い添え物だ。メインの半額がふさわしい。
 だが、白菜半切りを一度に食べるわけではない。十回ほど使えるはずだ。その意味で、厚揚げよりは安い。
 レジは混雑していた。正月用の買い出し客だ。皆大量の買い物をしている。そのため、列ができ、かなり待たないといけない。正岡は籠を使わず、白菜半分を両手で大事に持ちながら並んだ。
 世が世なら、今頃今年最後の電化製品を買っているはずなのだ。万札を数枚飛ばしている。しかし、今年は百円玉と十円玉の世界だ。飛ぶことはなく、落ちるだけだ。
 かなり待たされたあと、やっと正岡の番になった。ポケットから小銭を出そうと、白菜を片手に持ち替えた。その持ち替え時、緑の葉が一枚取れかかった。正岡は垂れそうになったその一枚をくっつけた。そして、剥がれないようにレジ台に乗せた。両手が空いたので、ポケットから小銭を取り出した。
 そして、白菜袋と厚揚げ袋をぶら下げて、錆びてブレーキがきかなくなった自転車に乗った。
 仲間の誰かは、買い物にさえ出られない状態にある。それに比べれば、自分は正月の買い出しに行けた。それだけでも幸せだ。と、情けなさを、さらに情けない誰かと比較することで、自分はまだ恵まれているのだと確認した。
 暗い話だが、平和な話だというべきだ。
 
   了


2012年1月2日

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