小説 川崎サイト

 

街を追われた男

川崎ゆきお



「それで、この街を追われ……」
「ちょっと待ってください。犯罪でも起こして追い出されたのですか」
「そうじゃない。居られなくなった」
「それは追い出されたわけですか」
「いや、居づらくなったので、自分で出ていった」
「別に追い出されたわけじゃないのですね」
「そうだ」
「理由は?」
「解雇だよ」
「解雇されたのですか」
「いや、自分で辞めてやった。あんな営業所、駄目だよ。とんでもない連中が常駐していて、あんな奴らと一緒に仕事は出来ないよ。まあ、S市に飛ばされたんだから、本社にも戻れないし、違う営業所に回されても、似たようなもんだ。だから、自分で身を引いたんだ」
「辞職ということですか。届けは出しましたか」
「そんなの、来なくなりゃ、辞めたと見なされるさ」
「社員だったわけでしょ」
「そうだ」
「じゃ、いろいろと退社手続きがあるはずです。保険や退職金も」
「ああ、そうだなあ」
「辞められたのいつですか」
「三日前だ」
「やはり、辞めるのなら、伝えないと駄目ですよ」
「分かってるよ。しかしもう、やめだよ。あの街を追われたんだから」
「街って、何ですか」
「S市だよ」
「S市にある営業所から身を引くだけでしょ。別に街から追い出されたわけじゃないと思いますがね」
「どういうこと?」
「たとえば、街の全員から疎まれて居づらくなり、出て行ったのなら別ですが、非常に狭い範囲でしょ。その営業所の近くに何かあります?」
「近くねえ。ああ、ファミレスがあるし、町工場もある。ガソリンスタンドも」
「それらの人たちは、あなたのことを知っていますか」
「いや」
「ファミレスや町工場の人はあなたを追い出したりしないでしょ。接触がないから当然ですよ」
「しかしあの街から追われたんだ」
「市役所の窓口に、あなたが立ったとしても、職員は何も知りませんよ。普通に市民サービスをしてくれるでしょう」
「何が言いたいんだよ。何が」
「あなたは街から追われたのではない。その営業所ですか? あなたの努めていた。そこも、あなたを追い出したわけじゃない。そんなこと、出来ないでしょ。何かとんでもない失態をしでかせば、解雇される可能性もありますが、そういうこと、ありましたか」
「気に入らないんだよ。あの連中が。あんな奴らと仲間になりたくない。一緒に働きたくない。出来てるんだ。あの連中は。もうとっくに出来ているんだ。みんな地元の連中なんだ。学校も同級生で、同じ故郷なんだよ。所長もそうだ。よそ者は自分一人だ。だから、村八分にされてるんだ。だから、追われたんだよ。あの街に」
「いやいや、誰も追い出していないでしょ。S市にあるコンビニにあなたが入ったとき、入れまいとして、閉め出さないでしょ。街から追い出されたとは、あなただけの言い方なんです。それはS市の人に失礼だとは思いませんか」
「何で、そんなくどくど説教されないといけないんだよ」
「それは、あんたが街から追われたなどという表現をするからですよ」
「もういい。分かってもらえると思って話したのに」
「まあ、三日間無断欠勤と言うことで、明日から、また行ってください。正社員なんだから、休暇と言うことで、問題ないでしょ」
「うう」
 
   了


2012年1月7日

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