小説 川崎サイト



聞こえる

川崎ゆきお



 唸り声にもうめき声にも聞こえる。非常に低い声か音だ。
「何でしょうねえ、気味の悪い」
 近所の主婦が噂する。
 雨の降る夜、それは一層気味悪く鳴り響く。
 聞こえるのはほんの一角で、小学校の周辺だ。
 安田耕一はマンションのオーナーで、住人から苦情が出た。
 マンションは学校近くに建っている。
 安田はまさかと思った。
 当然安田もそれを聞いている。
 屋上から校庭がよく見える。その、まさかは校庭から聞こえてくるのではないかと思った。そう思うだけの理由がある。
 雨の降る日によく聞こえることも思い当たった。しかし、まさかそれが……と思うと否定するしかない。そこはもう校庭になっているからだ。
 今頃目覚めるはずがない。安田が否定する理由はそれだ。
 それは安田がまだ小学生の頃だ。この小学校は町の人口が増えたので建ったもので、その前は溜め池だった。
 それを埋め立てているのを安田は見ている。もう何十年も前の話だ。
 安田はそれを聞いたとき、すぐに分かった。
 ガマガエルの鳴き声なのだ。
 しかし住宅地となってからは聞こえなくなった。ガマガエルがいなくなったからだ。
 その夜も聞こえた。
 安田は雨の中、外に出た。確かに鳴いている。あの低く不気味なガマガエルの鳴き声だ。
 小学校の周囲を歩いた。やはり学校の敷地から聞こえる。学校から遠ざかると鳴き声も小さくなる。
 夜中にブラスバンド部が練習しているわけがない。
 ガマガエルは溜め池もろとも埋められたはずだ。子供のとき、土で埋められていくのを安田は昨日のことのように覚えている。溜め池の水を抜くとき、大きなコイやフナを見た。なかなか釣れなかった大物だ。
 友達は鯉幟のような大きな池の主がいると言っていたが、いなかった。
 今頃どうしてガマガエルが鳴くのだ。安田の額から脂汗が出て来た。ガマガエルを何匹も殺したことを思い出したからだ。
 住人が学校へ問い合わせた。
 理科の授業で使うガマガエルを用意していたのだが、子供達が嫌がるので、解剖の授業が出来ないまま水槽で飼っていたとか。
 
   了
 




          2006年7月13日
 

 

 

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