夢遊買い
川崎ゆきお
商店街にある小さな家電店の話だ。
地元の顔見知りは避けて通る。この店で買うと高い。ただ、両隣の豆腐屋、寿司屋と向かいの文房具屋、履物屋は、この店でしか買わない。ただし主人だけで、息子や娘は例外だ。
カンカンカンカンと下の方で音がする。家電店親父の作田は目を覚ます。シャッターを叩く音なのだ。時計を見ると、明け方だが、まだ暗い。こんな時間戸を叩くような人間はいない。商店街の人が緊急の何かが起こったのかもしれないが、それなら電話があるはずだ。
作田は階段を下り、真っ暗な店内に明るくし、シャッターの下をじんわりと上げた。
男物のズボンが見える。
「FE516なんですが、それに決めました」
男がいきなり何かを言っているようだが、作田はよく聞き取れない。強盗ではないようなので、シャッターを上げきり、店内に入れた。
「あ、すみません」
「何でしょう」
「FE516に決めました。買います」
「何ですか、それ」
「デジカメです」
「うちには置いてませんよ」
「家電店でしょ」
「そうですが」
「じゃ、デジカメも」
作田はショーウインドウを指さす。
「三台しかありませんよ。その何でした。フェイーとかという機種じゃないと思いますよ」
「そうでしたか。一晩考えたのです。そして、やっとこのカメラに決めたのです。苦労しましたよ。バトルです。ライバルはM6αです。それより勝っていることが判明したのですが、それに決まった瞬間、別のが欲しくなった。少し高いですが、一眼レフです。これとFE516とのバトルが、夜中の二時頃起こりました。だいたい、コンパクトカメラと一眼レフでは、ライバル関係じゃない。なのに、気になって、気になって、決着を付けようと、戦いました」
「あのう……」
「ああ、詳細を語りすぎたようですが、そういう事情で、やっと買うべきデジカメが決まったので、すぐにでも手に入れたいのです。間を置くと、新たな敵が現れ、またバトルです。今なら、不動の位置にいます。滅多なことでは他機には怯えません。しかしです。時間が経過すると、また別のライバルが現れる可能性が高いのです。賞味期限が短いのです。四時間持ちません。だから、すぐに買うため、来ました」
「だからァ、その機種置いてませんよ。選択肢は三台だけです。同じメーカーで同じ機種で、色違いが三台あるだけで、売れ残ってます。これでよければ、お売りしますが」
男はそのデジカメを見た。
「どうです。一割引きます」
「いや、この商品は想定外で、しかも調べていません。ちょっと見たことはありますが、論外です。候補外です。だから、スペックも調べていません。今から見直すのなら、また時間がかかります」
「二割引きます」
「え、それは本当ですか」
「こんなデジカメ、どれも同じですよ」
「それは分かっています。ですが、同じなだけに、わずかな差での勝負になるのです」
「三割引きます」
「頂きます」
彼はあっさり落ちてしまった。
そして、部屋に戻り、安心しきって寝た。
目覚めると、見知らぬカメラの元箱があった。
「しまった。また、夢遊買いした」
了
2012年1月11日