小説 川崎サイト

 

選択板

川崎ゆきお



 上田は郊外にある家電店で、パソコンのキーボードを物色していた。洗濯板のように長いフルサイズキーボードをホームゴタツの上に置いていると邪魔で仕方がない。それだけが理由ではないが、小さなキーボードで、キータッチが軽く浅いタイプを探している。しかし、その本気度は低い。なぜなら、その家電店、品揃えが少ない上、展示されていないので、実際にキーを叩くことが出来ない。
 それで、先ほどからキーボードの箱に書かれているストロークなどを見比べている。ただ、小さなキーボードは三種類しかない。洗濯板タイプは選択外なので、ぐっと絞られる。
 以前なら、都心の超大型店で、ずらりと並んだキーボードの実物を片っ端から触って、一番いいものを選んでいた。しかし、今回はそこまでしない。
 実は、パソコンを使うのは外出先が多く、そのときはノートパソコンのキーボードで打っている。ノートパソコンは何種類も換えたのだが、どのタイプもタイプしやすかった。軽くて柔らかく、そして浅いのだ。そのため、これが癖になり、それが標準となっている。小さなノートパソコンばかり買い換えていたので、キーとキーの間隔はそれほどあるわけではない。しかし、小柄な上田にとって、外人の手に合わせたタイプより、小ぶりなほうが手に馴染んだのだ。
 デスクトップパソコンを買ったときは、フルサイズの洗濯板タイプは所有することに対しての誇りでもあった。しかし、小ぶりなノートパソコンでタイプするようになり、こちらのほうが実は合っていることに気付いたのである。
 上田は半年ほど前も、この店で小ぶりなキーボードを買っている。しかし、跳ね返りが強く、大げさに言えば指の骨が骨折するほど痛い。硬いのだ。あのソフトなノートパソコンのキーボードとはほど遠かった。コンパクトだが、同じ使い心地ではなかった。
 最近は外出も減り、部屋にいることが多くなった関係で、部屋でタイプすることが多くなり、そこで気になったのだ。
 上田は、腰をかがめてキーボードの箱を見比べている。前回買ったタイプの箱もある。それを基準にし、残る二つから、二者択一の決選となる。しかし、最初から、この店で買えるのは、この二つなのだから、選択肢は非常に狭い。
 結局上田は安いほうにした。実際に打ってみるまで、判定できないためだ。
 そして、部屋に戻り、キーボードを取り替えた。結果的には少しは理想に近いが、まだノートパソコンのそれには至っていない。
 やはり、超大型店で選ぶほうが好ましいのかと、出不精を恨んだ。
 しかし、キーボードを買うためだけに一時間半もかかる都心まで出るのは難儀だ。それほどテンションは上がらない。新たな展開ではなく、少しはましになる程度のことなので。
 そこで、上田はインターネットで買うことにした。その前に、気付いたことがある。覚えていただけの記憶だが、ノートパソコンに近いキーボードという商品があった。それをやっと思い出したのだ。
 これなら、最初から、ノートパソコン風味なのだから、実物を見なくてもいい。
 しかし値段を見て驚く。そんなに高いものだったのかと。
 よく考えると、ノートパソコンは少しでも薄くするため、キーボードも薄い。そして、強くタイプするとたわむ。しっかり作られたノートパソコン風味キーボードは、しっかりしすぎてはいまいか。それが不安になってきた。
 そうか、と、また上田はひらめいた。小さな端末向けの外付け携帯用キーボードならどうだ。これなら、ノートパソコンのキーボードに近いかもしれない。
 それに折りたたみなので、使わないときは折りたためるので、ホームゴタツもすっきりする。キーボードの座に茶碗が置ける。おかずの皿も置ける。
 しかし、高い。
 足場を固めるように、指場も固めるべきだ。そうでないと、不安定なのだ。しっくりするキーボード、それは基本中の基本であり、ベースなのだ。
 上田は、そこまで決心したとき、社内会議で、重要案件を決定したときと、同じ顔になっているのに気付いた。今は、こんなしょうもないことの決定しかやっていない自分が情けなくなったが、フォローの必要もなく、リスクといっても知れたものだ。
 そして、その夜は徹夜でネットショップを見て回った。株価が暴落し、徹夜で指図し続けたころを、ふと思い出した。
 
   了


2012年1月16日

小説 川崎サイト