小説 川崎サイト

 

ボランティア

川崎ゆきお



 生え際が三角州のようにとんがり、頭の頂上を越えた裏山まで禿げている。それでいて、後頭部の髪はまだ生きていることから、かなり伸ばしている。しかし、襟足は刈り上げている。きっちりと散髪されたヘヤースタイルなのだ。これは自分でやったものではない。そして、お洒落なマフラーを巻いている。マフラーがおしゃれなのではなく、それを身につける感覚が洒落ているのだ。
 老眼になっているのか、本を読むとき、腕をかなり伸ばしている。
 それが山際という曲者で、詐欺師、ペテン師の類いで、この男と接触するとろくなことはない。悪気はないのだが、後で考えると、やはりそれは悪行ではないかと思える節がある。
「悪い人ではない」というのは、結局はフォローしきれないことで、やはりこれは悪人なのだ。
 悪気がなく、悪いことをする。悪びれずにやる。それは天性のものだろう。
「山際さんですね」
 喫茶店で本を読んでいた山際に、こちらも面倒そうな、厄介そうな人格の持ち主が声を掛ける。類は類を呼ぶ。
「お久しぶりですなあ。今回はどんなイベントなんでしょう」
 山際に呼び出された佐伯は、懲りずに甘い汁を吸いたがる男だ。山際が危険人物だと知りながらも、寄ってくる。
 つまり、佐伯は隙あらば山際の上前をはねようとしている。山際はそれを餌にして釣っているのだ。
 佐伯は欺されたふりをして、食い逃げする魂胆だ。
 この二人、過去数回、そのパターンを繰り返しているので、互いの手の内を知り合った仲だ。
 本来なら、二度と顔を合わせてはまずい関係だ。
「今度のイベントには儲けはない。ボランティアだよ」と、山際。
「またまた、そんな謙虚な。そんなわけないでしょ。あんたがボランティアなんて、笑わせるよ」
「笑われて結構。僕はもう改心して、奉仕で行こうと思う。それで団体を起ち上げるのだが、どうかね……」
「奉仕?」
「世間のお役に立つお仕事ですよ」
「あんたの口から、そんな台詞を聞くと、興奮するねえ。新手の何かですか」
「そのままだよ。普通のボランティアだよ。何を助けるボランティアなのかはまだ考えていないのだがね」
「決まってから呼んでくださいよ」
「いや、そう言う団体を作ることだけで、十分なんだよ」
「なるほど、幽霊ですな」
「カムフラージュだと言いたいんだな」
「それを隠れ蓑に使って……」
「そんな悪口はしないよ。改心したと言ったじゃないか」
「あんたの改心は何度も聞いた」
「用件は簡単だ。ボランティアメンバーを探してくれ、一人登録すれば……」
「金が入るということですな。つまりボランティアネズミ講」
「はははは」
「新入りボランティアが、さらにボランティアを連れてくれば、子が出来る。子が出来、孫が出来……あとは、おきまりのコース」
「君は以前のように食い逃げしないだろうね」
「それはタイミングの問題だよ。引き時ってものがある」
「日本最大のボランティア団体にする予定だ。国内最大の構成員のいる広域ボランティア団体だ。君は今参加すれば、直系だ。大幹部だ。金バッチだよ」
 佐伯は金歯を見せながらにやにや笑って聞いている。
「好きだなあ、相変わらず」
「僕のことが好きなのか?」
「そうじゃない。その手の話が好きってことだよ。あんたは」
「で、どうする」
「乗るよ」
「そうか」
 このボランティア組織は一万円払えば、誰もでボランティアになれる。そして、誰かを誘えば、その半額が自分のものになる。非常にリーズナブルなネズミ講なので、あっという間に子ネズミが増えた。
 そのとき、大災害が起き、支援が必要になる。ボランティア団体は依頼されていくものではない。自発的なものだ。
 このとき、山際は妙な動きに出た。国内最大の構成員になっていたため、その兵力は自衛隊を越えていた。
 山際は魔が差した。これを動かしてみたいと。

   了




2012年1月17日

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