アフリカ流魔術
川崎ゆきお
町の裏山に、穴が空いている。洞窟だが、人工のもので、防空壕跡だ。
坂上はやっと辿り着いた。場所がわかりにくかったからだ。山のとっかかりの斜面に掘られており、周囲はミカン畑跡らしい。山への登り口ではないため、来る人は希だ。
その洞窟にも希な人がいる。魔術師だ。
と、勝手に解釈しているのは坂上で、日本の魔術師は、このタイプの人ではないかと思ったからだ。ただの思いつきで、深い根拠や系譜を考察した上で導いた解ではない。
テレビ番組下拵えに来ただけで、ちょっと問い合わせたいだけだ。出演交渉以前の段階だ。
坂上はケータイで、魔術師に電話した。すぐ繋がり、中にいること、お邪魔していいことを確認した。
防空壕は入り口付近はコンクリートで固められているが、少し奥へ入ると岩肌が露出している。その先は落石で行けない。しかし、枝道があり、その突き当たりに魔術師の部屋がある。
この山の所有者と知り合いらしく、使わせてもらっているらしい。
室内は明るい。ローソクの明かりだけ。空気穴があるらしく、息苦しくはない。
魔術師は山伏のような扮装をしていた。加持祈祷でもやりそうな雰囲気だが、護摩を焚く呪器類はない。
ただ、丸い大きな石が、ぽつりと置かれている。ここまで運ぶのが大変だったようだ。
坂上は名刺を渡した。魔術師は名刺がないらしく、適当な護符を土産物のように差し出す。
「ここに来るのは、術をかけるときでして、ずっとここにいるわけではありません。ここで住んでいるわけではないですよ。間違わないようにしてください」
「日本の魔術師だと言ってもいいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「魔法について聞きたいのですが」
「ここで話しますか。それとも外に出てドライブインでも入って」
「いえ、ここで結構です。見たかったですから」
「何もないでしょ。精神を統一するためです。ここに来ると、その気になります。それだけのことです」
「魔術で、人を殺せますか」
「殺せません」
「では、魔法とはどういうものでしょうか」
「まあ、儀式ですねえ。私の場合、アフリカ流です。精霊系です」
「アフリカでサッカーがありましたねえ。世界大会。あのとき魔法は効いたのですか」
「効きましたよ。何せ、魔法の歴史は古いし、今も執り行われています。世界一強い魔法でしょう」
「でも、アフリカ勢は優勝しませんでした」
「そこまでの力はありません。魔法には」
「では、どんな効果が」
「一分程度でしょう」
「イチブ?」
「一割の下の位の一分です」
「ああ、1パーセントと言うことですか」
「かなり強いです。1パーセントもあるのです」
「その1パーセントは、どういう意味でしょうか」
「選手達の力を百とすると、百一になります」
「それって、あまり変わりませんねえ」
「例えば、ネットぎりぎりに入るかどうかで、1ミリほど効果があると説明すれば、分かりやすいでしょう。あと1ミリ右だったら入ったのに、というあの1ミリです」
「それは、魔法の物理的効果でしょうか。わずかでも魔法でボールが動いたのでしょうか」
「いえ、魔法でボールは動かせません。たとえ1ミリでも」
「じゃ、魔法はどこで効果が」
「気持ちです。選手の」
「ああ」
「つまり、暗示ですよ。それがアフリカ流は強い」
「でも1ミリでしょ」
「能力の1パーセント加算です。これは世界でも類を見ない強力な魔法です」
「はあ」
「どうです」
「わざわざお時間を頂きまして、ありがとうございます」
「そうですか。ついでに、あなたの運がよくなるよう、魔法をかけましょうか」
「1パーセントでしょ」
「その1パーセントの差で、勝敗が決まることもあるのですよ」
「じゃ、お願いします」
洞窟を出た坂上は、とぼとぼ街へと戻る。
「あれで、一万円は高い」
了
2012年1月19日