小説 川崎サイト

 

傘下

川崎ゆきお



 吉田は自転車で雨の中を走っている。家までは数分だ。傘はあるのだが、前籠に入れた鞄が心配だ。そのため、後ろの籠には防水カバーを常時入れている。緑色でよく目立つ。そのため、自転車置き場で、自分の自転車を探すとき、目印になるため重宝している。
 雨脚はそれほど強くはない。しかし、鞄が濡れるかどうかの瀬戸際だ。カバーをかぶせればいいのだが、途中で止まるのが面倒だ。それにもうすぐ家に着く。これから遠出するのなら、カバーは必要だろう。
 鞄は偽皮だが、防水性が少しはある。しかし完璧ではない。たまに雨でかなり濡らしたとき、中を開けると、水を含んでいた。出しっ放しのティッシュは水を含んでいたし、千円札をインナーポケットに入れておいたのだが、それも濡れていた。だから、油断はできない。
 鞄の外ポケットには小さなカメラが入っている。ここは皮一枚で外と面しているようなものなので、危険な状態になる。
 吉田は鞄を見る。ショルダー式でかなり大きい。中にはノートパソコンも入っているので、重い。鞄を肩に掛ければ、傘の内に入る。つまり傘下に入るのだが、実際には入りきらない。傘の下で安全なのは肩までで、それも際どい。風向きによっては肩も濡れる。そしてショルダーなので、鞄の位置は腰から下になる。ここも傘下だが、腰の横は傘下ではない。
 背中に回すという手もあるが、これも危ない。
 そうすると、やはりカバーを前籠にかぶせ、鞄を守るのが一番理想に近い。そのため、カバーを買ったのだから。だが、それにはいったん自転車を止めないといけない。そんなことをしている間に家に着いてしまいそうなのだ。
 そこで考えたのは、傘をぐっと前に出し、鞄がメイン傘下になるように、優先的にかぶせることだ。そうなると、背中の防御がおろそかになり、確実に背中は濡れる。
 それで、吉田はその中間の位置に傘を傾けた。背中もほどほど、前籠もほどほどの位置だ。妥協点を見いだした思いだ。
 そして、家が目の先のとき、雨脚が強くなり、かなりやられた。靴が濡れ、ズボンが濡れた。もう止めてカバーをかぶせるより、家の軒下の入ったほうが早い。
 玄関を開け、土間で鞄を開ける。心配なのは前ポケットのカメラだ。
 鞄は濡れている。そして、ポケット開けると、ティッシュも濡れている。手を突っ込むと、ポケット内はどこもぬるっとしている。そしてカメラもだ。
 吉田はカメラの電源を入れる。
 沈胴レンズがビーと勢いよく飛び出した。
 大丈夫だったのだ。
 一枚適当に写す。そして、モニターで確認すると、写っている。無事だ。
 カメラがお釈迦や水掛不動にならなくて、安心した。パソコンはクッション入りのパットに入れているので、染み込むまで時間がかかるので、大丈夫だ。
 吉田は尿意をもよおした。冷えたのだ。すぐにトイレに行く。
 そして着替えをし、濡れた衣服をハンガーに掛ける。
「寒い」
 鞄の中身は大事なかったが、吉田は風邪を引いたようだ。

   了


2012年1月21日

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