小説 川崎サイト

 

宇喜多秀家天下を取る

川崎ゆきお



 老人と青年との会話では、老人が一方的に喋り散らすパターンが多い。
 青年が止めないからだ。止めると失礼だと思うためだろうか。それは目上の人間に対するマナーの現れだ。
 それで、老人は野放し状態でべんべんと語り出す。合いの手や三味線が必要なほどだ。そんなことをすると失礼だ。だから、黙って聞いている。
 そして、黙って聞いている青年は老人の受けがいい。よい青年だと勘違いされる。マナーのよさではなく、自分の話をじっくり聞いてくれるよい青年だと思うのだ。
 岩田老人も、そう思いがちな人間で、自分の話が青年に受けていると思い、ますます長く喋る。聞いている金子君は相づちを入れるのが下手なので、じっと聞いている。その表情は眠くなりかけた猫の目に似ている。まぶたがどんどふさがり、目が線になる。しかし、たまに音で驚き、少しだけ開ける。ああ、岩田さんの声だったのかと思い、安心し、また瞼を楽にする。
 岩田老人も、少しはその気配を感じ、馬の耳に念仏状態ではないかと、心配になってくる。
 たまには相づちが欲しいのだ。
「そうですねえ」
 やっと金田君が声を出す。
「あ、なるほど」この二パターンしかない。
「どうだ。君はどう思う」
 いきなりの問いかけに金子君は狼狽する。
「まあ、いろいろあるんですよね」
 金田君は曖昧に答える。決して具体的な物言いはしない。なぜなら、何の話かよく聞いていなかいからだ」
「世が世なら、宇喜多秀家が天下を取っていたやもしれん。石田では天下は治まらん。毛利にはその気はない。すると、一番活躍した関ヶ原西軍の主力部隊である宇喜多勢こそ、最大の貢献者だ。宇喜多は岡山だ。ここは思っている以上に豊かな国なんだよ」
 どうやら岩田老人は、もし関ヶ原で西軍が勝っていたら、という話らしい。だから、金子君も真剣に聞くようなネタではない。
「すみましたか」と、金子君は、思わず聞くところだった。
「次回は本能寺の変がなければ、大阪は日本の首都になっていたという話をしよう」
「はい、楽しみにしています」
 金子君は玄関で靴を履き、ふらふらになりながら岩田邸を後にした。
 自分には興味のない話でも聞くのが、このボランティアなのだ。
 
   了

 


2012年1月25日

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