小説 川崎サイト

 

仕事の流儀

川崎ゆきお



「一日で辞めてますねえ。何か事情でもあったのですか」
「書かなかったほうがよかったですか」
「いや、一日でも働いたのですから、書き漏らさないほうがいいと思います。正直でいいと思いますよ」
「ありがとうございます」
「それで、理由は何ですか」
「先輩がよく教えてくれなったんです」
「仕事をですか」
「はい。自分で覚えろと」
「それが、辞めた理由ですか」
「はい、初心者可となっていたのですが、やはり初心者では無理でした。それで、教えてもらえたのなら、よかったのですが、そういうことは自分で体で覚えたり、自分の頭で考えろと」
「それで、どうしました」
「そういう教え方なのかなと、思いまして、適当にやりました。すると、酷く叱られました。やり方が全く間違っていると。だって、やり方が分からないので、教えて下さいと聞いたのに、教えないんだから、失敗しますよ。それにそれが失敗だってことも、全然気付きませんでした。何が悪くて、何がよいのかが分からないのですからね」
「それで、辞めたのですか」
「そのとき、もう辞める決心をしました」
「その先輩なりの教え方だったのではないですかね。自分の流儀で、教えていたんですよ」
「でもそれは、反則じゃないですか。最初から失敗させるように持って行ってるんですよ。自分の頭で考えろって言っても、その知識がないので、考えようがないですよ。その知識をまず教えてくれないと、やっぱり、やりにくいです。ずっとそんな職場だと思うと、やってられませんよ」
「その先輩との相性が悪かったわけですかな」
「相性じゃなく、やり方が間違っているからです」
「叱られた後、どうしました」
「途方に暮れましたよ。それで、身動きが出来なくなりました。やるべきこと、やってはいけないこと。これを教えてくれないのですから、地雷だらけでしょ。だから、動けない。そのまま立ってました。すると、先輩は、黙って見てないで、手伝えと言います。だから、何をどう手伝うのかを教えてくれないのですから、手伝うとまた叱られますよ。だからそのまま中庭で休憩していました」
「それは仕事が始まってすぐのことですか。、もう休憩ですか」
「はい。怖いので、あの先輩から離れたかったのです。理不尽ですからね。それで、中庭のフェンスにもたれかかっていると、別の先輩が話しかけてきました。その人も新人らしいです」
「ほう」
「その先輩新人さんは、この実態を知っていたのですよ。変な人だけで、いい人で、仕事熱心で、部下思いだって。社内でも評判のいい人で、成績もよく、うちのナンバーワンだって。だから、あの先輩の下で働けるのはラッキーだって。でも、その新人先輩、笑いながら言ってました。それって、皮肉でしょ。褒めてなんていないですよ」
「それから、どうしました」
「自分の居場所がなくなったので、辞めることを伝えに人事課へ行きました」
「早いですねえ」
「人事課の人も、笑いながらそう言ってました。新記録だって」
「人事課の人は嫌な顔をしなかったのですか」
「嫌そうでしたが、それほどでもないような。だから、笑ってましたから」
「はい、分かりました。それが一日だけ勤務した理由ですね。まあ、履歴書に書く必要は、本当はないのでしょうが、正直でよろしい」
「余計なことを、べらべら喋りすぎました。すみません」
「いやいや、それで、あなたの様子がよく分かりました。参考になります」
「あ、はい」
「結果は一週間以内に連絡がなければ、不採用ということで、よろしいですね」
「はい。よろしくお願いします」
 
   了

 


2012年1月27日

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