私小説
川崎ゆきお
深夜、コンビニで自転車の鍵が開かない。なくさないように、握ったまま買い物をした。そのとき、落としたのかもしれない。または、ポケットに入れたかだ。それで、ポケットから鍵を取り出し、一つ一つ試している。沢田は自転車を三台持っている。それらの鍵を全部持ち歩いているのだ。
ポケットからは六つの鍵が出てきた。スペアキーも入っているし、もう乗っていなく、鍵だけを残した鍵もある。
「私は、この世の中で、何が大事かは、自分では分からない。それで、ふと気付くと夜の街に出ていた。自分が誰なのかを確かめるためだが、それにより、どんな結果が出るのかは、出る前から分かっている。しかし、何かのトラブルに巻き込まれ、自分の意外な面が露わになる。そして、自分というものが、次々と炙り出されるのだ。そして、私はコンビニ入りかけた……」
何だろうと沢田は、今、入っていく行く男を見た。
「私は思わぬことで食パンを買ってしまった。パンは糖尿に良くない。つまり小麦ものを控えるべきだと医者に言われていた。それなのに、甘いジャムまで買っている。掟破りはよくご存じ様で、確信犯だ。捕まえられるものなら、捕まえてみろと言いたい」
コンビニから出て来た中年男が、コンビニから去って行く。
山田は、次の鍵を差し込んだ。
「気味が悪い。吐き気がする。鏡など見るべきではなかった。それは確かに私の実体だ。コンビニの鏡は不意打ちだった。そんなものがあるとは知らなかったのだ。それは下痢をした自分が悪い。急に来たからだ。バンドエイドを買いに来た。人差し指が痛い。それで油断をしていたのだ。本当に悪いのは顔だ。だから、鏡は見たくない。何処か私に隙があったのだ」
太った女が早足で車へ向かっている。
沢田は、このとき、やっと気付いた。
ト書きが聞こえるのだ。いや、台詞だろうか。独り言だろうか。いや、それは文章に近い。だから、ナレーションかもしれない。
四つ目の鍵を差し込むと、かちっと自転車のわっかが開いた。
その横に見知らぬ男が自転車を止めようとしていた。
もう、何も聞こえなかった。
了
2012年2月1日