大根泥棒
川崎ゆきお
住宅地の中に畑がある。
分譲住宅なら四軒ほど建つほどの広さだ。
宅地に浸食され、奇跡のように残っている畑だ。それを耕している爺さんが死ねば、すぐに宅地になるだろう。しかし、この爺さんは頑固で怖い人だ。
どのように頑固なのか、どのように怖いのかは知らない。街の人が、そう噂しているだけで、気のいい人、優しい人ではないというタイプ別程度の表現だろう。
冬場で野菜不足。当然野菜が高い。野菜泥棒が、爺さんの畑にも来ている。七人の侍を雇うわけにはいかないので、罠を作っている。
鹿やイノシシから田畑を守るための罠ではなく、人から守る罠だ。
棒に針金を通したような簡単なものだが、入ろうと思えば、簡単に入ってしまえる。ただ、ごそごそしているところを見られるリスクがある。畑の前は幹線道路で、夜中でも車は通っている。当然、周囲の窓からの視線もある。実際には、覗くような人はいない。
一度ごっそりやられたことがある。個人では食べきれない量なので、八百屋にでも売ったのかもしれない。だが、そんなものを買う八百屋がいるとは思えない。ただ、別の場所で直販所のようにして売っているのかもしれないが、いくらにもならないだろう。
大量の野菜を盗んだ人間は、おそらく土産物として、仲間に配ったのかもしれない。
さて、罠だが、一箇所だけ甘いところを作っている。簡単に見つかる侵入口だ。罠は畑に入った瞬間、落とし穴として作動する。この穴には自分で二度ほど落ちたことがある。
爺さんは策に鍵をかけており、そこから出入りしている。しかし、たまに間違って落ちるのだ。
畑の端に納屋がある。農具などを入れておく場所だ。
その夜M、爺さんは納屋の中にいる。二日続けて、野菜を取られたので、見張っているのだ。
侵入しやすい場所は、ばれたようで、侵入しにくい場所の針金を切って中に入り込んだようだ。
爺さんは棍棒を何本も用意している。二メートルほどの槍のようなものだ。これを投げるつもりだ。先に金具は仕込んでいない。それをすると最初から凶器として作ったと見られるためだ。あくまでも豆に蔓を巻かせるための農具風にした。泥棒が来たので、棍棒を投げたと言えば、悪くは取られない。
そして、住宅の窓明かりが消えるころ、どさっと音がした。落とし穴に填まったようだ。
爺さんは納屋の隙間からじっと様子を窺う。
すると、もう穴から抜け出したのか畑から大根を抜いている最中だ。幹線道路が走っているので、畑の様子も水銀灯で何とか分かる。
男は大根を顔に近づけている。
大根泥棒にしては、動きがおかしい。一気に抜き続けるはずだ。
しかし、その男、一本だけ抜き、じっとしている。
囓っているのだ。その音が聞こえる。ペットと、何かを吐き出す音もする。土が口に混ざったのだろう。
爺さんは槍を二本持ち、納屋から出た。そして、槍を投げた。
当たらなかった。
爺さんは二本目の槍を構えた。
男は必死で大根を囓っている。攻撃されたことが分からないようだ。
「食べてるのか」
男は、やっと驚きの目で、爺さんを確認する。
「すみません」
「腹が減ってるのか」
「はい」
男は爺さんの育てた大根を賢明に食べている。よほど腹が減っているのだろう。
爺さんは納屋に引き返した。
了
2012年2月4日