小説 川崎サイト

 

チャレンジする人生

川崎ゆきお



「チャレンジしない人生は、人生じゃない」
 社長は会社説明会で豪語した。
「平家にあらずんば人にあらず……だね」
 説明会に来ていた連中が語り合っている。
「会社説明会に行くっていうのはチャレンジだろ。挑戦だろ。だから、僕はチャレンジしている人生だから、問題はない」
「そうだね。みんなやってることで、今更言うようなことじゃないか」
「でも、あの社長、自分では思い切ったことを言ったような表情だったぜ」
「それは、人の人生を否定しかねない言葉だから」
「そうだね。でも、どこからがチャレンジャーなんだろう」
「だから、みんな挑戦者さ。従って、みんなチャレンジャーなんだ」
「それなら、わざわざ言う必要ないじゃないか」
「ああなるほど」
「だから、チャレンジレベルがあるだよ。これはチャレンジで、あれはチャレンジじゃないというような」
「具体的には」
「今までやったことのないことを、積極的にやり続ける。これがチャレンジャーだ。常にだ。ずっとだ。積極的にだ」
「分かった、分かった。要するに休憩しては駄目ってことだろ」
「休憩はありでしょ」
「でも、あの社長の言うチャレンジって、何だろう。それを掴まないと、採用されないよ」
「だから、元気のよい態度で臨めばいいんだ」
「そんなの、誰でもやってるよ」
「じゃ、何だ。チャレンジとは」
「自発的に、自分の頭で考え、行動する。そう言うことじゃないかな」
「それも、わかりきったことだから、みんなやってるよ」
「新しいことに挑戦する。その意欲がものすごくある……は?」
「それも普通だよ」
「じゃ、何だろう。チャレンジする人生って」
「人生がミソだ。これは規模が大きいよ。何せ人生だから」
「人生劇場だね」
「人生をかける。これだよこれ」
「つまり、会社に人生をかける」
「分かった。社長は、忠臣が欲しいんだ」
「そうだね。社長に人生をかける。これだ」
「でも、僕ら、新入社員で入っても、社長といつ話したりするんだい」
「だから、社長じゃなく、会社に対する忠誠だよ」
「忠誠とチャレンジじゃ、ちょっと違うわないかい。チャレンジだと、逆に反逆したり、異を唱えたほうが、好感度高いと思うよ」
「じゃ、正解は、何処に持って行く?」
「ない」
「ないって?」
「普通に仕事すればいいんじゃない」
「じゃ、何だよ。チャレンジしない人生は、人生じゃないの意味は」
「意味はないんだと思う」
「えっ」
「驚くようなことじゃないさ。聞いていて、誰も反応しなかったでしょ。社長はかなり強調していたようだけど、まあ、常套句さ、暑いですねえ。寒いですねえ。程度の挨拶さ」
「そうだね」
「だって、誰だってチャレンジしてるじゃないか。就活なんて、説明しなくても、チャレンジだろ。だから、全員大丈夫なんだ」
「ああ、安心した」
 
   了

 


2012年2月5日

小説 川崎サイト