小説 川崎サイト

 

クラウド

川崎ゆきお


 クラウドサークルのオフ会だと思い、参加したのだが、違っていた。
 気付いたとき、もう三橋は酔っていて、どうでもよくなっていた。
「五月人形の中古ですか?」
「鎧甲が値打ちものです。太刀は別のを用意しました」
 そういう話に、三橋はついて行けない。
「僕は観音さんですよ。これは土産物屋で買ったのですがね。結構色っぽい。絶品ですよ。原型はないようで、オリジナルです」
 専門用語も、ここまで来ると、原型が何かが分からなくなる。符丁のようなものらしいと、三橋は思い、いろいろ探したのだが、当てはまるようなIT用語はない。
「配線はどうなってます」
「場所がねえ、場所が場所だから、来てないんですよ。だから、自家発電」
「ああ、なるほど」
 サーバーをそんなところに置いているのだろうか。三橋は、意味が分からないので、酒ばかり飲んでいる。それで、酔いがますます増す。
「長箪笥が残ってましたね。これが拾いもので、結構いいです」
「中身は?」
「残念ながら、空でした」
「それは残念」
「僕は出物だと思ってすぐに買ってしまいました。このサークルで、もっと学んでおくべきでしたよ」
「あ、その話、書き込んでましたねえ。問題は母屋じゃない。それは承知でしょ」
「はい。母屋なんて、見向きもしませんでした。しかし、母屋はいいのですが、例のものが」
「下が使えないのなら、上でよろしいかと。上で作りましょう。通常は二階を使いますからね」
「はい、一階は諦めました。幸い、二階は独立していまして、階段も急じゃありません。運びやすいです」
「窓は?」
「それは十分確認しました。開け閉め可能です。閉めると、完璧な闇に近い。少し漏れますが、これはカーテンで、何とかなりますが、普通のカーテンじゃ趣味が悪い。その布を、今、物色中です」
「そうですか、順調でよかった」
 クラウドとは雲の上、ネット上にあるソフトで用を足す仕掛けだ。三橋は、将来を見込んで、クラウド技術を学びたいのだが、どうも様子がおかしかった。もうクラウドの話ではなくなっているように思えた。
「あなたは?」急に降られたので、三橋は酔いから意識を戻した。
「あ、僕ですか」
「あなたも、持ちたいと」
「あ、はい」
「いい出物がありますが、どうです」
「ど、どんな?」
「心配なく、初心者でも出来るように、周囲に、先輩がいますよ。おい、吉住君。君の近くだ。あの物件だよ」
「ああ、あそこですか。私も、それ、候補に挙げていたんですが、遠いですからねえ。でも、悪くないですよ。母屋は半壊状態で、使えませんが、それは問題じゃないでしょ。だから、安い。ただ、誰もいません。一番近いのは、私ですよ」
「はあ」三橋は、理解の糸が掴めない。
「三橋さんでしたか。あなたも平田式ですか」
「あ、はい」
「当然、ここのメンバーは、全員平田式です。大正時代の大先輩ですよ。みんなそれに憧れています。まあ、平田氏のような真似は出来ませんがね。それをすると犯罪です。だから、その真似事だけです。僕らは理性があります。だから、大丈夫。その理性を保つためにも、このサークルは必要なのですよ。あなたも、踏み外さず、猟奇に走らないように、ここの仲間になるのが賢明です」
「はあ」
「平田氏は自分の場、自分の居場所を見つけました。だから、その真似をセッティングするだけで、いいんです」
 当然三橋は大正時代の平田氏など知らない。
「その平田氏が、平田式ですか」ついに、三橋は聞いてしまった。そんなことも知らないで、来たのかと、軽蔑されるのを恐れずに。
「平田氏は大東京浅草近くの蔵でした。これは、今では不可能です」
 蔵という言葉を三橋は耳にして、糸口が見えた。
「平田氏は浅草近くの農家を借り、その母屋に手伝いの婆さんを住まわせ、ご自身は蔵の二階に籠もった。これですよ。これ」
 三橋は、かなり本陣に接近していた。
「平田氏は蔵の中に仏像や、いろいろな妖しいものを飾り、雰囲気作りに勤しみました。僕らは、その部分だけでいいのですよ。好きな美女を誘拐し、殺して、やっと自分の恋人にし、死体の傷みに困りました……なんてことにならないようにね」
 どうやら猟奇事件と絡んだ蔵のようだ。と三橋は知ったのだが、残念ながら、元ネタの情報は何も知らなかった。
「ここにいるメンバーは、皆さんマイ蔵をお持ちの、蔵人です」
 来たー、と三橋はやっと話が分かった。
 クロウドだったのだ。
 
   了



2012年2月9日

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