小説 川崎サイト

 

ギルド

川崎ゆきお


 町に入ると、男が寄ってきた。
「ギルドに入らないかい」
「ああ、いいです」
「見れば貧相な旅人のようだが、もう少しましになりたくないかな」
「ましって?」
「裕福にさ」
「はい、できれば」
「じゃ、ギルドに入りなさいな。一人旅じゃ、効率が悪かろう。狩れるモンスターも雑魚ばかり、大物を狩らないと、大物になれないよ」
「いや、いいです」
「丁度メンバーが足りないんだ。歓迎するよ」
「いいです」
 冒険者は一膳飯屋でご飯と味噌汁を頼んだ。
「さっきの冒険者さんだね」
 恰幅のいい親父が話しかけてくる。
「どうしてそれを」
「うちのギルド員が声をかけたらしいが、断ったらしいねえ。わしはギルドの長だ」
「あ、それはどうも」
「どうして、断ったのか、理由が聞きたい。いや、もう勧誘はしないから、参考までに、意見が聞きたいだけだ」
 ギルド長は、飯炊き女に、何やら符丁で注文する。
「どうだ。聞かせてはくれまいか」
「ああ、一人のほうが気楽でいいので」
「欲がないと」
「ありますが、人間関係が面倒で」
「そこかね。やはり」
「旦那さん。鰻重です」
 飯炊き女が、鰻重を運んできた。
「まあ、食いねえ。お礼だよ。ただで聞くのはなんだからな」
「そんな大事な情報じゃないですよ」
「ギルド経営も大変なんだ」
「はい」
「経営者だからね」
「はい」
「で、ギルドに入らない理由は、それだけかい」
「だって、ギルドに入ると、下っ端でしょ。全部先輩だし。居心地が悪いです」
「わしも、昔はそうだった。だから、自分でギルドを起てたのだ」
「そうなんですか」
「まあ、蓋を開け、鰻丼を食べなよ」
「はい」
 旅人は鰻重の蓋を開け、ウナギとご飯にがぶついた。
「美味いかい」
「はい。すごい御馳走です」
「うむ、ギルド長だからね。これぐらいのものは、いつでも食べられるし、人にもおごれる。いい暮らしだ」
「はい」
「はい、はいって、受け答えを聞いていると、あまり人付き合いが上手じゃないねえ」
「はい」
「他にギルドに入りたくない理由はあるかい」
「同じ町にいないと駄目です。これが駄目なんです。旅をしたいので」
「この町のギルドでは、いろんな場所へ出かけるよ。みんなで旅しながら、狩りをするんだ。一人じゃ仕留められないような、大物モンスターをみんなで狩る。報酬は膨大だ。一人でやるより、うんと効率がいい。それに疲労度も違う」
「はい、知ってます。大きなギルドのハンター達が、狩っているのを見ました。賞金がかかっているモンスターでした」
「そうだろ。だから、分け前は、一人で狩るより、うんと多い。だから、ギルド員は裕福だ」
「でも」
「分かってるさ。心配なのは、人間関係もそうだろうけど、ギルド戦に巻き込まれないかってことだろ。同業のギルドとの争いが、最近多くてねえ。モンスター狩りどころじゃなくなっている」
「やはり」
「まあ、実情を話すとそうなんだ。あんたがギルド向きではないから、内情が言えるんだ。本当はモンスター狩りじゃなく、ギルド戦で先鋒に使いたかったんだ。先鋒ってのは、一番前だ。盾だよ」
「団体戦も大変ですねえ」
「今じゃ、わしは狩にもギルド戦にも出ておらん。司令長官でもあるからね。町から命令を出すだけだ」
「はい」
「ちょいと愚痴ってしまった。まあ、ギルドの勧誘には気をつけるんだな」
「鰻重御馳走様でした」
「ああいいよ。要するに愚痴の聞き賃だ」
「じゃ、僕はこれで」
「もう行くかい」
「はい」
「あんたはいいねえ。気楽で」
「でも、貧しいです。モンスターを狩って暮らしていますが、宿賃と食事代だけで目一杯です」
「ああ、わしもそんな時代があった。その頃のほうが、良かったかもしれん」
「はい、親方さんも御達者で」
 二人は、そこで別れた。
 
   了
   


2012年2月19日

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