小説 川崎サイト

 

机上写真家

川崎ゆきお


 机上写真家の浦郷は、テーブルの人だ。ただ、それは写真だけを見ての判断で、浦郷とテーブルが合体しているわけではない。その道の達人という意味だ。
 商品をテーブルの上に置き、それを写す商品写真家ではない。それなら商用写真家として、立派に通用するのだが、そんなことは考えたことはない。全く考慮外かというと、そうでもないのだが、その業界の人ではないため、世界が違うのだ。
 浦郷の写す写真はアーチスト、つまり写真芸術系で、写真作家系なのだ。そのため、それで食っているわけではないし、だいいち食べられるほどのマーケットはない。だから、日曜写真家なのだ。
 ただ、写真は日曜に限らず、毎日写している。
 写しているのはテーブルだが、そのテーブルも喫茶店のテーブルが多い。行きつけの喫茶店でコーヒーを飲みながら、何となく目の前のものを写しているだけ。
 コーヒーカップや、灰皿。お冷やのガラスコップ。おしぼりのある店では、それも貴重な被写体だ。
 ここが浦郷の舞台であり、世界なのだ。それ以外の写真は写していない。
 近所の喫茶店は陽射しが入る。つまり、照明が自然光のため、日々変化がある。
 毎日同じものを写しているのだが、写っているものは同じだが、写し方がその日によって違う。これは殆ど偶然で決まる。そこに偶然置いたコーヒーカップの位置は、毎日変わるし、カメラとカップの位置も違う。これは座っている椅子とテーブルの間隔も、微妙に違うし、腰のかけ方も違う。
 誰が見ても、同じテーブルの同じコーヒーカップや灰皿にしか見えないのだが、構図が毎回違っている。二度と同じ構図にならない。その偶然が重なり、ぴったり同じであったとしても、光線状態が違う。露出も違う。ピントも微妙に違う。
 机上写真家と言っても、ほんの数分で仕事は終わる。写すのも二枚ほどだ。失敗しないように、予備で、もう一枚写す程度だ。これを何年も何年も続けている。
「よく飽きませんねえ」
「楽だからねえ」
 浦郷の写真仲間も、それが不思議でならない。写すネタがなくて、困っているのに、浦郷はその心配がないのだ。
「それって、レンズズテスト、カメラテストじゃないですか」
「ああ、そうも言える。カメラを換えたとき、楽しみが増える。かなり変化があるんだよ。いつものタッチではないタッチとの遭遇でね。非常に興味深いよ」と、いいながら浦郷は最近買った安価なデジカメ入門機を見せる。
「これは展示品の中で、一番安いカメラなんだが、結構写るんだよ。それなりに鮮明だしね。そして、四隅がいい。暗いんだ」
「それって、周辺光量の低下でしょ。補正するとコストが高く付くので……」
「いや、それがいいんだよ。いい味を出している」
 そんな感じで、浦郷は飽きない。
 非常にいいネタを探したものだと、仲間の誰もが感心している。
 
   了


2012年2月20日

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