深夜、美佐子は友達とファミレスで喋り、その帰り道、喫茶店の前を自転車で通り過ぎようとした。
友達の恋愛話で遅くなり、もう丑三つ時だ。こんな時間に走るのは滅多にないが、よく知った通りだけに怖さはない。
喫茶店は当然閉まっているのだが、常備灯のかすかな明かりで店内がよく見える。窓もドアも大きなガラス張りのため視認性が非常によい。
ボックス席とカウンター席のある、ほどほどに広い個人営業の喫茶店だ。
美佐子はそのカウンター席に、誰かが座っているのを見る。錯覚ではない証拠に、その人は動いている。足を組み直したり、腕を延ばしたり。
美佐子は自転車を止め、見入ってしまった。
ふとその人が振り返った。美佐子が見ているのに気付いたためだろうか。美佐子ははっきりと顔を見た。
その喫茶店のバイトと美佐子は同級生だった。彼女に昨夜のことを話した。
「幽霊?」
「そう、昨日見たんだ。思い当たることない」
美佐子はその幽霊の人相や服装を言った。
年配の男だ。
「そういうお客さん多いからね。ママに聞いてみる」
ママはその話を聞き、思い当たることがあるようで、しばらく表情が固まっていた。
一年前まで来ていた客らしい。
常連さんで、いつもカウンターでコーヒーを飲み、軽く世間話をして帰る客だった。
病気で入院していたらしく、退院後、昼間の店が暇な時間帯によく来るようになっていた。話し好きな人だったようだ。
地元の建設会社や不動産屋の親父達が来るようになってから、カウンター席は彼らが独占し、ママさんも彼らと話すことが多くなった。バイトの女の子はこの親父達の相手をするのを嫌がった。
大きな声で女の子に聞こえるように猥談をしたり、彼氏との関係なども聞いてくる。
そんなとき、彼らに突っ込みを入れたのがあの人だった。
彼らは商売柄、声が大きく、遠慮のない言葉で、その人の突っ込みを跳ね返した。口論になったがその人に勝ち目はない。
翌日から来なくなった。その人は席を降りたのだ。
それから一年経過している。ママはそれ以上想像したくなかった。
了
2006年7月19日
|