休憩室
川崎ゆきお
一室と言うより、物置のような場所だ。この会社にに、そんな部屋があることを白石は知らなかった。同僚の佐竹に誘われて休憩にきたのだ。つまり、喫煙場所だ。ただ、灰皿は置いていない。
白石は、その後たびたびその部屋へ行くようになった。煙草を吸いたくなったので行くわけではない。喫煙室が別にある。だから、吸いたければ、いつでも吸える。社長がどうも煙草好きのようで、自分の首を自分で絞めるようなものなので、社内全面禁煙にはしていない。社長室には大きな陶芸品のような灰皿がある。
さて、その一室には先客がいた。倉石といううだつの上がらない先輩だ。
「ここに来るようなら、白石君も別の生き方に目覚めましたね」
意味が分からない。生き方なのだから、人生規模の話だ。そんな大層なことが、ここにあるのだろうか。ただの物置というか、持って行き場所のないような、いらないものが積まれている。とりあえず、使わないものや、いらないものは、ここに置くことにしているようだ。
「別の生き方とはね。こういった休憩場所での生き方なんだ。もう望みは、そういうところにしかない。目的も、このあたりにしかない」
「どういう意味でしょうか」
「意味?」
「はい」
「いや、もう意味など見いだせなくなったということですよ。この会社ではね。私はもう果てた。あとは、どうやって過ごすかだけで、省エネに努めることだけが目的となった」
「退社するのですか」
「そんな権限は会社にはない」
「でも、リストラって、あるでしょ」
「希望退職だ。私は希望していない。だから大丈夫だ」
「この部屋でお仕事ですか」
「見れば分かるだろ。休憩しているんだ」
「ああ、そうですね」
「まあ、この部屋は来るようになれば、君もそろそろだ。ここはそういった素質のあるものが、不思議とかぎつけてやってくる部屋だ」
「僕は、佐竹に誘われて……た」
「佐竹君も同類だよ。君も同類かと思い、連れてきたんだ。それは、君に隙があるからだ。同類と思われたのだ」
「同類って?」
「だから、うだつだよ。それがまずあがらない。仕事は出来るほうではない。真剣に働く気がない。何とか首にならない程度にやり過ごせばいい。そうでしょ。君も」
「多少は、そんな面はありますが、それは僕はあまり積極的な人間ではないので、これは性分です。仕事はそれなりにやってます」
「それなりだろ。それなり」
「ああ、多少は頑張ることも」
「だが、ここでの仕事、それほど面白いとも思っていない。出来る人間のほうが多い。このままでは、大して出世はしない。だから、無理をしても似たような結果にしかならない。だから、省エネでいこう。そういう気持ち、君にはあるだろ」
「いえ、まだこれからですから」
「で、何しに来たんだね。ここへ」
「はい、ちょっと休憩で」
「休憩時間じゃないでしょ」
「煙草休憩です。喫煙室でないと吸えないので」
「そうか。しかしここは喫煙室じゃない」
「はい、何となく、呑気そうな場所だったので、つい」
「まあ、いいでしょ。君も同類だ。仲良くやりましょう」
「あ、はい」
ある日、白石は同僚の佐竹に、あの部屋の秘密を聞いてみた。
「あれ、行くようになったの。僕は、ちょっと見せたかったので、連れて行っただけでね。どうだい、面白い生き物がいるだろ」
「いつもあの部屋にいる人、誰なんです。社内であまり見かけないけど」
「室長だよ。あの部屋の」
「部屋って、あそこ物置でしょ」
「で、室長とよく話すの?」
「行けばいるから、いろいろ話をしてくれますよ」
「それはまずいなあ」
「まさか」
「え、気付いた?」
「何を」
「気付いてない。じゃ、いいよ。そのほうが」
「教えてよ」
「あのの部屋は、物置になるまでは、課があったらしいんだ」
「課って」
「第二庶務課」
「じゃ、あの室長は」
「課長だよ」
「でも、その課はなくなったんだろ」
「立てこもっているんだ。あの課長。籠城さ」
「ああ」
「話はそれだけさ。面白そうだから、見せてやったんだよ。見学さ」
「安心した。僕だけが見える室長で、ホラーかと思ったよ」
「そんな怪談はないよ。あるわけないだろ」
「そうだね」
「いつまで、あの課長、持つかなあ。それだけだ」
「うん、分かった」
了
2012年3月1日