小説 川崎サイト

 

妖怪研究会

川崎ゆきお


 妖怪博士は、インチキ臭い妖怪研究会の帰り道、会員から声をかけられた。
 会は五時に終わり、妖怪博士は駅へ向かう道を歩いていた。打ち上げに参加しなかったのは、余所者が混ざっていれば、盛り上がらないと考えたからだ。配慮だ。この配慮は妖怪博士のカンではなく、妖怪にそれほど興味がありそうな人たちの集いではなかったからだ。つまり、この会そのものが「妖会」なのである。幽霊会社があるように、実体のない会がある。
 妖怪博士は、その集まりで、講演したのだが、反応がよくない。妖怪の好きな人が醸し出す、憧憬のようなものがないのだ。つまり、子供っぽい感じがなく、妙に落ち着いているのだ。
 それで、この会はいったい何の会かと疑ったが、しっかりと「妖怪研究会」なるたれ垂れ幕があり、プレートまで用意されていたのだ。
 打ち上げに行かなかったのは、この妙な気配につきあいたくなかったからである。
 その会のメンバーが、声をかけてきたので、妖怪博士はドキリとした。
「お疲れさま」
 青年はごく普通だった。
「君は行かないのかね」
「打ち上げですか」
「そうだ」
「妙でしょ」
 先に青年から言いだした。妖怪博士も気付いていると察したのだろう。
「妖怪関係の団体はどこも妙だよ」
「そうじゃなく、少しも妖怪団体には見えなかったでしょ」
「君は、そのことを告げにきたのかね」
「せっかくいらしたのに、テンションが低くて、すみません」
 青年の話では、妖怪研究会は名前だけの集まりで、要は飲み会のようだ。
「活動実績がないと駄目ですから、先生をお呼びしたのです。これで、イベントをやったことになりますから」
「妖怪研究会は活動していないのかね」
「はい、何でもよかったのです。適当にイベントをやれば。会へは年に結構な割り当てがあります。活動資金です。まあ、実際には懇談会で、飲み会なんです。でも何もしていないと、駄目ですからね。年に一度ぐらいはイベントをやっています」
「なぜ、それを君は」
「嫌なんです。この会。出席しないといけないですからね。何もしていないのに。僕も一応会員にされているんです。それと、僕は本当に妖怪に興味がありますし、先生の本も持っています」
「ああ、わかった。わしは講演料と交通費をいただいたので、文句は言わんよ」
「ところで」
「何ですか先生」
「会というか、イベントというか、それは何でもよかったんだったね」
「はい」
「どうして妖怪研究会にしたのだ」
「曖昧でいいからです」
「それを考えたのは誰だい」
「僕じゃありませんよ。僕なら、本物の妖怪研究会にしますよ。活動もしますよ」
「そうか」
「先生にお会いしたら、聞いてみたかったことがあるんです」
「何かね。それよりも、もう駅だ。どこかに入るかね」
「改札前にパン屋があります。そこ座って食べられますから」
「あ、そう。それで煙草は大丈夫かね」
「大丈夫です」
 二人はパン屋の喫茶店に入った。
「先生、パンはいいですか。適当に取ってきますが」
「そうだな。一つ頼む」
「何パンにします」
「アンパンでいい」
 二人は、パンとコーヒーで、二人妖怪研究会を始めた。
「人からよく見られているものは、それを初めて見た人にも馴染みがあるというのはどんなものでしょう」
「えっ」
「クイズじゃありませんから」
「どういうことかね。一気に言われても、即答出来ん」
「たとえば、観光地なんかで、人がよく見ている物。たとえば、東京タワーとか、奈良の大仏。鎌倉の大仏でもいいです。または、普通の観音さんでもいいですし、富士山でもいいです。かなりの人が見てますよね。そういうのを初めて見た人がいたとします。映像として、初めて見るわけです。まあ、富士山なんかは、テレビで誰でも見てしまっているでしょうから、そういうのは別にして、初めて見た人でも、どこかで見たような馴染みといいますか、見やすいといいますか、そういうことって、どう思います」
「言いたいことはわかった。了解した。しかし、このアンパン。空洞が気になる」
 青年は微笑む。
「見られ慣れておるのじゃろう」
「そっちから来ますか」
「大勢の人に見られておるので、もう人から見られるのに慣れておるんじゃろう。これで、駄目か」
「面白いと思いますが、それは妖怪の話でしょうね。だって、東京タワーにも富士山にも意志はないでしょ」
「まあそうだが。それが高じると、妖怪変化になると、古典的に決まっておるんだ」
「猿の芋洗いの話をご存じですか」
「猿が芋を洗う話など、別に興味はないが」
「ある島で最初に猿が何かの偶然で芋を洗って食べたようです。きっと海に落としたのかのしれませんね。すると塩気があって美味しかった。それを見た他の猿も真似をした」
「それだけか」
「ところが、別の場所にいる猿も、同じ行動をしたらしいのです。最初の猿は、島ですから。交流はありません」
「だから、それは同じ偶然が起こったんじゃないのか」
「伝わったんです」
「それが本当なら、不思議な話だと言えるが、それがどうした」
「はい。誰かが見たものは、それを見ていない人にも伝わる」
「ほう。上手い。わしより、君のほうが、ユニークだ」
「ユニークって、誉め言葉じゃないですよね」
「まあな」
「だから、多くの人が見たものは、それだけ、他の人にも伝わりやすいのです。だから、初めて見るものでも、何となく馴染みがあるような。見た覚えがあるような感じになるのです。つまり、見慣れたもの、見やすくなっているのです」
 妖怪博士は感心している。
「その話、私が使ってもいいかな」
「はい、どうぞ。実は、こういう話を、妖怪研究会でやりたかったのですが、幽霊会なんで出来ません。だから、先生の前で、報告したかったんです。僕のアイデアを」
「確かに有名人の顔は、見やすいのう。その有名人、見たことがなくても、抵抗なく目に入る見やすさがある」
「気に入ってもらいましたか」
「うむうむ」
「狭い町ですから、こういう話、出来る人、いないんです。妖怪研究会なら出来るんですが、一度も妖怪の話などしていないですよ。あの連中。集まって、ちょっと会議のようなことをして、すぐに飲みに行くんですから。この前も、バスで温泉旅行ですよ。合宿だって言ってました」
「君から、そんな話を聞かなければ、知らないまま帰るところだった。しかし、だからといって、別にどうということはないがね」
「そうなんですか」
「それよりも、今日の妖怪研究会、本当に存在していたのだろうか」
「してませんよ。幽霊会です。名前だけの団体です」
「そうじゃなく、私は、本当にその会で、さっきまで講演をしていたのだろうか」
「商工会議所の会議室にさっきまで、先生、いたじゃないですか」
「まるで、猿に講演しているようなものだった。反応がない。話を聞いておらんのだ。あの連中、人間だったのかな」
「先生」
「ははは冗談だよ。冗談。さあ、そろそろ帰るか。今からなら、夜中には家に戻れる」
「ホテルを用意していたようですよ」
「ははは、怖い怖い」
 妖怪博士は伝票を持って立ち上がり、レジで支払い。さっとドアを開けて改札へ向かった。
 決して振り返らないで。
 
   了


2012年3月4日

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