小説 川崎サイト

 

尻を上げる

川崎ゆきお


 村岡はパソコンモニターと、その斜め後ろにあるテレビが世界になっていた。病気で体が動かせなくなったわけではない。そして決して引きこもっているわけでもない。その気はないが、部屋にいる時間が非常に長い。
 心配なのは、社会性ではなく、痔になる可能性だった。これはどうしても避けたい。一度切れ痔になったことがある。もうそんな目に遭いたくない。
 そのため、パソコンモニターはホームゴタツの上に置いている。椅子が危険なためだ。尻を直に当てないように正座したり、体を横に傾けて尻の穴が接触しないように心がけた。
 しかし、それは夏場の話で、胡座や立て膝などで交わしていたのだが、冬場は寒いので、ホームゴタツの中に潜り込むことが多い。隙間を出来るだけ少なく保つため、足を延ばして尻をもろにつける姿勢になる。痔の心配より、暖かさを優先させる。
 すると、今度は腰が痛くなってきた。座椅子とホームゴタツ下の絨毯とでは段差があり、これが腰にそのまま影響する。
 ホームゴタツは低い。そのため、腰を横にして、尻をかばおうとすると、ゴツンと櫓に当たる。
 しかし、ネットやテレビを見ていると、それらを忘れてしまう。
 さて村岡は、リアルより、ネットとテレビを見ている時間のほうが長いのだが、買い物には出る。また、ずっと座っていると、血の巡りが悪くなるので、たまに散歩に出る。
 三十分ほど歩くのだが、特に見るべきものはない。高橋は勤めに出ていない。そのため、通勤時間がない。当然移動もない。だから、自分で運動時間を設けないと、足腰がなまってしまう。
 村岡の世界は、ネット上にある。かなりの数のコミュニケに参加し、活発に活動している。それが可能なのは、常駐できるからだ。寝ている時間以外、ツイッターやフェースブックに書き込み続けている。テキスト文字数にすれば、かなりのボリュームになる。そして、楽しみなのは、書いたことに対する反応だ。コメントが返ってくるとさらに書き込む。
 村岡は、ネタに切れにならないように、いろいろなポータルサイトを巡回し、ネタを集める。そして、つけっぱなしのテレビからもネタを作り、それを流している。
 だから、村岡の一日は忙しい。
 誰かが、映画の話題をしていた。それにコメントをつけるため、ネット上で、その動画を探す。なければ有料でダウンロードするし、ネットになければ、DVDを通販で買う。
 村岡は仕事をしていない。だから、収入はない。貯金も少なくなっている。その前にネット上で収入になるようなことを見つけるつもりだ。
 その意味で、ソーシャル系で知り合いを増やしているのだ。しかし、同じようなことを考えている人たちが集まっているフォーラムがあり、そこを覗くと、そんなに甘いものではないことがわかった。
 村岡には何も特技がないためだ。
 貯金がなくなれば、働きに出ないといけない。それまでは、ネットを楽しむしかない。そして、これ以上部屋の中で座り続けると、痔になる。だから、もうそろそろなのだ。
 その、そろそろは、尻を上げないといけない痔の事情があるためだ。
 
   了




2012年3月15日

小説 川崎サイト