小説 川崎サイト

 

魔界

川崎ゆきお


 寝付けない夜。森々と更けゆくにしたがい、魔界の入り口がぽっかりと開いているかもしれない。それはきっと物理的現象ではないのだろう。
 日常の域から出ると、そこは異境だ。ただ、布団の中では、異境もくそもない。一歩も出ていない。寝返りを打つ程度だ。
 しかし、日常の域から外に出ていることは確かだ。本来なら眠っている時間で、夢の中だ。そここそが異境かもしれないが、ここが実は、あらぬ世界への素なのだ。つまり、イメージ元だ。ただ、睡眠は日常範囲内にあり、異変ではない。ごく当たり前のことなのだが、意外と寝ているときは、意志がはっきりとはしていない。自分を認識する度合いが少ない。そのため、強烈な夢を見ても、夢として処理できる。日常内での話だ。
 ところが、寝付けない場合、本来なら寝ている時間帯である。そこに踏み込むのは、いけないのではないかと思うことがある。
 本来なら寝ている自分が起きているのだ。そして、寝る時間が夜の十二時だったとした場合、そこから先のスケジュールはなく、次の起床時間からしか書かれていない。
 想定外の時間になり、それをあらかじめ、どう過ごすのかの個人マニュアルはないだろう。もしあるとすれば、不眠症の人だ。もし寝付けなければ、何それをするというふうに用意しているかもしれない。
 寝付けないとき、いろいろなことを考えたり、思ったりする。それに浸るうちに眠ってしまうこともある。そうではなく、ますます頭が冴えてくることがあり、こちらが魔界への道に繋がっている。本当はうとうとし始め、眠りに入るほうが、実は魔界なのだ。
 魔界とは、いつもの界隈とは違う場所だ。ただ、物理的な場がそこにあるのではなく、同じ場所にいても、別の場を持つわけだ。
 日常界隈から外れることは、恐ろしい。それが旅行などでは刺激が楽しめるが、前提が「ハレ」の日のため、問題はない。
 寝ている状態は日常なので「ケ」だ。別に汚れているわけではない。いつもの日常のため、晴れ晴れしくないという程度だ。
 さて、そこまで考えながら、何とか眠りに入ろうとしている作田は、このまま朝を迎えると、会社での仕事が辛くなる。寝不足と言うより、寝ないで出勤することになる。それこそ魔界だ。
 リアルな日常がいつでも魔界に変わる。それは、単に寝不足で、辛く、しんどいので、いつものペースで仕事が出来ないだけなのだが、まるで魔術にかかったように見える。術をかけられたような状態で、日常をおくることになる。
 作田はケータイを開け、時計を見る。まだ、今から寝たとしても四時間ほどの睡眠時間しかない。六時間は欲しい。
 そして、今から四時間だが、今からすぐに寝られるわけではない。うまくいけば一時間以内に眠りに落ちるかもしれない。そういうときがよくあった。
 作田は不眠症ではない。会社であった人間関係のトラブルで、頭が苛立ったままなのだ。だから、それが鎮静すれば眠れるのだが、それがない。
 作田は上司から叱られた。しかもかなり強く。それがショックで、リズムを崩した。波長が乱れたのだ。トゲトゲが頭の中で、突き刺しまくる。
 それを鎮静させるため、風邪薬を飲んだ。鎮静剤のようなものは買っていない。
 風邪薬を飲むと眠くなるはずだったが、逆に出た。風邪など引いていないので、逆に冴えてしまった。
 魔界は会社かもしれない。魔界の雑魚キャラから魔法攻撃を受けたのだ。
 作田はとっさだったので、回避の呪文をかけられなかった。これが長い呪文のため、間に合わなかったのだ。
 作田は、明日、いやもう今日だが、休む決心をした。
 すると、とたんに眠りに落ちた。
 
   了


2012年3月16日

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