小説 川崎サイト

 

立つ人

川崎ゆきお


 夜中、田村は妙な人影を見た。住宅地の道だ。人影は、誰かの家の前に立っていた。
 田村は自転車のその手前にさしかかったとき、人影を目撃したのだ。その家の人かもしれない。または、何かの都合で家の前に立っているのかもしれない。ただ、その道路沿いは家がみっしり建ち並び、道路上はすべて人の家の前となる。
 田村は自転車なので、左側を走っていた。前方の人影を避けるため、やや中寄りにハンドルを切る。
 その間数秒だろう。人影は動かない。田村の自転車が前方からくることも、気にしていないようだ。
 その真横を通過したとき、人影の様子が分かった。年寄りで、リュックを背負っている。帽子もかぶっている。いかにも散歩中のお年寄りだ。だが、時間は遅い。こんな時間に歩くわけがない。
 人影とすれ違い、そして、もう一度後ろを振り返ると、人影はやはり動かない。同じ姿勢だ。背を曲げ、両足をそろえ、やや前屈みだ。そして、ゆるりとではあるが、前後に揺れている。
 酔っぱらいだろうか。飲みに行った帰り道だとしても、リュックが解せない。昼間ハイキングにでも行き、その帰り遅くまで飲んでいたのだろうか。
 田村は電柱一つ分ほど通り過ぎた。そして、再び人影を見た。小さな全身が見える。そして、そのままだ。
 気になるが、なにをどうすればいいのかわからない。これが倒れていれば、話は早い。だが、立っているのだ。多少ふらふらしているが。
 田村は、もう気にせず、そのまま目的地の牛丼屋へ向かった。夜中開いている店は、もうそこだけで、夜食を食べるのが目的なので、それを果たすだけだ。
 そして、戻り道、その場所にさしかかった。すると、電柱一つ分ほどの距離から、人影が確認できた。近寄っていくと、やはり同じ姿勢で、同じように帽子をかぶり、リュックを背負っている。
 そして、もう一度観察しようと、ゆっきりと近づいた。進むに従い。後ろ姿が横顔になる。
 そして、やり過ごし際、田村は振り返った。
 老人ではなかった。
 来たとき、見た年寄りではない。青年だった。暗いとはいえ、見間違えるはずはない。その証拠に、姿勢は同じなのだ。前屈みで、前後に少しだけ船をこいでいる。
 人が入れ替わったとしか思えない。
 田村は驚きはしたが、確証はない。老人だと、勘違いしたのかもしれないからだ。そういえば人相までは見ていなかった。見た感じが老人だったのだ。
 そして、電柱一本部進んだところで、もう一度確認した。やはり、そこに人影が立っている。
 外に放り出されたのだろうか「出て行けー」と。
 
   了


2012年3月23日

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