小説 川崎サイト

 

忠臣

川崎ゆきお


 山裾の墓場に同じ時期立てられた墓石がある。数えると十ほどだ。一列に並び、その中央部に「忠臣」と刻まれた記念碑のようなものもある。
 その文字は、もう読めなくなっている。忠臣が没してから、歳月が流れたのだろう。
 旅人は、その墓石に花を竹筒に生ける老婆を見た。
 老婆の視界にも旅人が入っている。きっと石碑の文字が読めないので、何が書かれてあったのかに興味があると見た。
「昔、この下に代官所がありましてな。幕府の直轄地でした。この辺りはね。年貢が安いので、よそから移ってくる百姓も多かった」
 旅人は、自動音声のように話している老婆の音を、静かに聞いている。
「その代官、いい人だったが、不正が多かった。お代官は賄賂で私腹を肥やした。まあ、便利をはかってもらえた連中も、甘い汁が吸えたので、喜んだがな」
 老婆は中腰がきついのか、尻を地面につけた。旅人もそれに倣った。
「ある日、幕府から隠し目付が来てのう。その不正を暴いた。幕府の隠密で、剣の使い手じゃった。単身代官所に乗り込み、代官に自白を迫った。追い込まれた代官は『ええい、斬れい』と家来に命じた。代官所の中庭で大立ち回りじゃ。ばっさばっさと家来どもを斬り捨てた。座敷に逃げ込んだ代官を追う隠密剣士。障子に襖、ばっさばっさと斬り裂きながら、代官を追う。それを阻止する家来衆。じゃが、腕の差は歴然。瞬く間に切り倒される。最後は納戸に逃げ込んだ代官の前に仁王立ちで迎える家来衆。しかし、勝負にならん剣術の差。納戸を突破されるが既に代官、裏木戸から宿場の雑踏へ逃げ込んだ」
 旅人は首を傾げた。いかにもその動作がオーバーなので、老婆も気づいた。
「この墓は、そのときの家来衆のものでな。家来といっても、役人ではない。代官の私兵のようなものじゃ。まあ、代官個人の護衛部隊だった」
 旅人は得心がいかないようだ。
「斬られるのがわかっていて、守り通したのじゃ。この家来衆はな。誰も逃げなんだ。最後まで主の代官を守ろうとしたのじゃ」
 旅人は、少しは納得できたようだ。
「代官は罷免された。それで、私財を溜め込んでおったのでな。家来衆の家族の面倒をよく見なさった。そして、身よりのない家来衆一家のためにも、墓を立ててやったのじゃよ。代官はその後、出家した。自分のために命を落とした家来衆を供養するためにな」
 旅人は腰を上げた。
「ここに眠る家来衆、これほどの忠臣は滅多におらん。もう一度言うぞ。斬られるのがわかっていながら戦ったんじゃ」
 旅人は振り返らず、墓場の高台を下った。
 
   了


2012年3月26日

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