小説 川崎サイト

 

中国怪異談

川崎ゆきお


 化け物が出るというお堂に、ある豪傑が泊まることになった。
 そして、夜中、天井からも床下からも、壁からも、次々と化け物が現れるが、豪傑はびくともしない。逆に「うるさい」とどやしつける。それで、化け物はおそれをなし、出なくなった。
 という話を高橋は読んだ。中国の怪異談だったように記憶している。
 これは職場でも使えるのではないか。
 高橋は新米の工員だが、年を食っている。そのため、同僚も先輩も年下なのだ。
 職場では、高橋は言われるまま、きっちりと仕事をしているのだが、失敗が多い。新米なので、仕方がない。しかし、怒鳴られると、むかっとする。これも給料をもらっているのだから、仕事のうちだとこなすだけの知恵はある。
 この職種は今まで経験がないだけで、うまくできなくても当然なのだ。それは理解している。ただ、心の底からではない。
 給料をもらいたいだけのことで、我慢しているのだ。
 パートのため、ここで働いても食べていけるわけではない。借金しながら勤めているのだ。何もしなければ、借金だけが増える。だから、少しでも収入を得て、借りる金を減らしたい。
 しかし、毎日毎日叱られ続けるといやになる。工場の全員から叱られているのだ。
 そして、いつの間にか高橋は妙な幻想を見るようになった。幻覚かもしれない。それを実際に見たわけではなく、そう感じたのだ。
 つまり工場の仲間が全て化け物に見えてきたのだ。化け物を見たわけではない。化け物のように見えたのだ。そのためイメージ画像はない。怖い化け物として感じているだけだ。
 そして、例の中国怪異談に出てくるお堂と重なる。高橋はそこでヒントを得た。つまり、あの豪傑のようになればいいのだ。化け物が出ても動じない。反応しない。そして、あまりしつこく出ると、叱咤すればいいのだ。「うるさい」と。
 ある日、それをついに実行してしまった。いわゆる逆ギレだ。
 同僚は引いた。先輩も引いた。工場長も引いた。
 効果覿面だったが、来月からは来なくてもいいと言われた。
 高橋は次の心配をした。仕事先の心配もあるが、まだ月半ばだ。来月までまだ半月ある。一度逆ギレし、豪傑になってしまったため、それをあと半月続けるのは難しいのだ。逆ギレは演技だった。だから、一日興業なのだ。半月興業は持たない。
 結局翌日は出勤しなかった。
 次のパート先として、叱られないような勤務先を探すよう心がけた。あっての話だが。
 
   了


2012年3月27日

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