小説 川崎サイト

 

百均弁当

川崎ゆきお


 吉田はその朝、喫茶店の帰りに、弁当を買うことにした。いつも自分で食べるものは作っているので、弁当は贅沢なような気がするが、その日は作りたくなかった。体調が悪いのではなく、ただ単に面倒だった。
 たまには誰かが作ったものを食べたい。何が入っているのかは、おおよそ見当がつくのだが、自分では作らないおかずや、買わない食材がある。だから、たまにはそういった自分圏外のものと接したいと思ったのだ。
 忙しい日は、自炊する暇がない。滅多にそんな日はないが、外出後の自炊はやはり面倒で、外食ですませている。弁当はその中間に位置する。
 座ればすぐに食べられるのが、外食だ。さすがに箸を口元まで運んでくれない。あれば介護食堂だろう。吉田はそこまで老いていない。
 弁当は薄いビニールでカバーされている。それをはがすのは何の問題もない。問題は蓋だ。これはセロハンテープで貼り付けられてあるのか、パカっとはめ込み式なのかを見分ける必要がある。セロハンテープの場合、箇所が問題だ。何カ所かだ。両サイドをはがし、開けようとすると、まだ手に抵抗がある。二カ所ではなく、四カ所貼られていることがある。これを無視して開けようとすると、開くには開くが、力んだ勢いで、弁当が衝撃を受け、具が飛び出ることがある。外食は、その手間がない。あってもお椀の蓋が湯気でくっついてしまい、ぴたりと吸い付いた状態になる程度だ。この確率は、一生の間に、わずかしかないだろう。
 また、弁当と一緒に入っている割り箸も問題だ。これは中に爪楊枝という凶器が隠されている。割り箸袋を上からずらすように開けようとすると、爪楊枝が突き刺さる。これは方角さえ間違わなければ、爪楊枝のとんがっていない箇所との接触になるため、災難は避けられる。痛い目に何度か遭って会得出来るコツだ。
 弁当には、その危険度があるのだが、自分で、それだけの食材を用意して、となると、メリットのほうが高い。
 さてそれで、吉田は百均の弁当を買うことにした。ちょうど帰り道にあるためだ。
 その道沿いにコンビニがあるのだが、そちらは無視する。なぜなら、百均の弁当のほうが安いためだ。弁当を買うという贅沢を、少しでも緩和させるため、安いものを選ぶ。これで、バランスを得ようとしているのだ。
 百均前に自転車が多く止まっている。駐輪場はいっぱいだ。朝まだ早い時間だ。そして、その前には整理員が複数立っている。百均には駐車場があり、そこへ車が入るためには、歩道を横切る必要がある。その交通整理をやっているのだ。
 結局吉田は整理員の誘導で、百均から少しだけ離れた歩道に自転車を置き、中に入った。
 すると、おびただしい数の客がいた。駐輪場があふれるほどなのだから、それ以上の客が店内にいるのだ。
 垂れ幕を見ると、リニューアルオープンとなっている。バーゲンなのだ。しかし、百均でどうバーゲンなどするのだろう。オール百円ではないか。
 フロアの空きに段ボールが積まれている。その箱を次から次へと店員が開けている。そのたびに客の手が伸びる。ダンボルール箱をリンチしているように取り囲んでいるのだ。トイレットペーパーだ。これが安いいのだろう。百円商品ではないのに、その日は百円らしい。
 年寄りが多く来ている。暇で、時間があるので、これを取りに来ているのだ。朝からご苦労な話だが、「売り切れました」のアナウンスがあった。開店早々売り切れだ。だから、店が開く前に買いに来ないと間に合わなかったのだろう。
 リニューアルした百均は、吉田にとり、それほど不便ではなかった。弁当は奥にある。きっとこれは改装しても、同じ位置だろうと思っていた。その勘は当たった。
 弁当は昼を過ぎると、なくなっている。安いことと、個数が少ないためだ。だから、朝なら確実に残っている。実際、ほとんど売れていない。
 吉田が確認したのはトイレットペーパーだけだが、他にも特価品があるのだろう。客の目当ては特価品であり、弁当ではない。
 吉田は難なく弁当をゲットした。
 実はそこからが問題なのだ。弁当売場は店の奥にある。レジから一番遠い。建物の端から端だ。
 そして、レジの行列が、その弁当売場近くまで来ているのだ。
 弁当を手にした吉田は並ぶしかない。平常の百均なら、かごの中身はみんなそれほど多くはない。だが、この日は、どの客も多い目に買っている。行列が出来ている上、一人一人のレジ時間も長い。これが重なり、大変な時間、並ばないといけないのではないかと、吉田は不安になった。
 自炊の手間が面倒なので、弁当を買ったのだ。しかし、今思っても見なかった面倒な時間を過ごすことになる。
 並んでいる間に自炊出来るのではないかと思えるほどだ。
 しかし、意外と行列の流れは速い。立ったままではなく、少しの間で、歩けるのだ。進めるのだ。
 これはスーパーとは違い、百均のなせるメリットだろう。つまり計算が簡単なのだ。ほとんど百円なのだから。個数を数えれば、それでいいのだ。
 吉田は思ったより、スムースにレジが進むのを見て、逆に快感を得た。
 そして、レジ前に来ると、レジに二人おり、さらに客に寄り添うように、もう一人いる。この外野が値段が確定したかごを、さっと持ち去るのだ。詰め込むための台へ、運んでいくのだ。そのため、客が小銭などをごそごそ出そうとするロス時間をカットしているのだ。
 客が押し掛けることを予測した、この百均の配慮のすごさ驚いた。
 時間はかかったが、その流れの良さで、吉田の不安は解消された。しゃきしゃきとした流れの良さで、悪い感情は起こらなかったのだ。むしろ印象の良さを残したほどだ。
 そして、吉田は弁当を食べ、満足を得た。
 
   了

 


2012年3月28日

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