小説 川崎サイト

 

一文無し

川崎ゆきお


 島田は一円もない。しかし、実際にはそれなりのお金は持っている。よけいなことで使えるお金が一円もないという意味だ。だから一銭もない、でもいい。
 一円は使えるが、一銭は使えない。だから一銭を持っていたとしても、実際には使えない。一文無しもそうだ。一文を持っていても使えない。一円以下は使えないのだ。
 一銭もないと言うのは、一銭さえないと言うことで、全くお金は持っていないと言うことだ。しかし、一銭は現実としては無理だが、一円ぐらいはあるだろう。使えるのだが、一円の値打ちは少ない。何も買えないだろう。
 そんな島田だが、生きていくのにぎりぎりのお金は持っている。そうでないと野生化してしまう。
 その島田はネットで勧誘された。一円もないはずなのに、ネット接続のお金はあるのだ。
 待ち合わせ場所は都心部の人の出入りが激しい喫茶店だった。
 福岡という人が、銭なしの島田を勧誘している。
 その内容は、ネット上で儲かる方法だった。島田は熟知していた。その手の話をよく知っていたのだ。それは、本気で調べていたためだ。おいしい話があるかもしれないと思い、ネット上をうろうろしていたのだ。ある場所にメールの住所を残した。会員になるため、登録したのだろう。そのメール住所を福岡が何らかの方法で知り、メールをしてきたのだ。
 そして、その方法はドロップショップだった。安く仕入れた商品を、個人が売る。その仕入れから、決算までをサービスするというのが福岡の話だ。それは成立しないビジネスであることを島田は知っている。ただ、そのビジネスを否定するのではない。それなりに利益があるだろうが、そのドロップショップサービスを勧誘するビジネスは、だめなのだ。
 福岡の話によると、開業すれば、月に五万から十万以上にはなるという。決して大儲けではないところがリアルで、信用できそうな話、現実的な話のように思えた。
 その仕掛けは、検索が優れているということだった。そのシステムを今なら十万で提供すると。
「福岡さん。月五万や十万も儲かるのなら、あなたがやればいいじゃないですか」
「私は既にやっております。月に三十万になります」
「じゃ、増やせばいいじゃないですか」
「このサービスは一人一個なんです」
「一個?」
「ああ、一個と言いますか、その一つです」
「一つ?」
「ユーザーはおひとり様一回に限られています」
「一回?」
「このサービスは、レンタルサーバー上に作ります。その登録は一人です。一回です」
「名前を変えればいいじゃないですか」
「それは出来ません」
「じゃ、身分証明書などがいるのですか」
「それは必要ないです」
「じゃ、いくらでも申し込めるじゃないですか」
「でも振り込み時の金融機関が」
「複数の銀行を使えばいけますよ」
「いやいや」
「申し込むのに、身分証明書はいらないのでしょ」
「はい、必要ではありません」
「それなのに、最低でも確実に五万円取れる話でしょ。二十個ほどほしいですよ」
「一個でお願いします。そういう規定なんです」
「わかりました。それで僕は何をすればいいのですか」
 福岡は手提げショルダー兼用のビジネスバッグから書類を取り出した。
 島田は受け取る。
「これって、プリンターで印刷したものでしょ」
「経費節約です。今は、どこも、こんなものですよ」
「入会金込みで十万ですか」
「それで、オーナー様のネット上にシステム一式をこちらでお作りします。また、管理も、こちらで行います。島田様は振り込みを待つだけでよろしいかと」
「よろしいですねえ。それは」
「申し込みは、今すぐ出来ます。一週間後にはネットショップが出来ます。こちらに店名などを記載してください。ネットショップサンプルがありますから、ここで選んでください」
 福島は別紙を取り出す。そこにはネットショップの色違いや、レイアウト違いが、いくつも印刷されていた。
「相談があるのですが」
「はい、何なりと」
「十万あればいいのですね」
「そうです」
「貸してください」
「はあっ」
「十万円、貸してください」
「それは」
「利子を付けます。三割でどうです。返すとき十三万円払います」
「それは」
「だって、最低でも月五万でしょ。三ヶ月で十五万。すぐに返せますよ。それにあなた、三万円利子が入る」
「それは」
「証文も書きますよ。今ここで」
「はあ」
「だって、確実に稼げるんですから。三ヶ月後には確実に十五万以上は入ってくるはずでしょ。確実に返せますよ」
「島田様」
「何か」
「ご存じのくせに」
「何が?」
「いや、何でもありません。では、今回はなかったということで。お願いします」
「あ、そう。じゃ、仕方がない」
 島田は立ち上がり、さっと喫茶店を出ていった。
「あっ」
 福岡は渋々伝票をつかみ、島田のコーヒー代も一緒に支払った。
 福岡も一文無しだった。このコーヒー代を払い、帰りの交通費で、財布は空になる。
「また借金か」と福岡はつぶやきながら、次のカモに期待を繋いだ。
 
   了

 


2012年4月1日

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