小説 川崎サイト

 

硝子戸の向こう

川崎ゆきお


 四角い顔に、丸い帽子。庇は短い。丸山は顔が四角いので、丸山ではないため、丸い帽子をかぶることで、丸山を維持しようとしているのだろうか。そんなはずはない。
 四角い帽子なら、昔の学生がかぶっていた角帽がある。丸山はもうその年から四十年は立っている。ただ、学生時代角帽をかぶった記憶はないし、購買部にも学生帽は売っていなかった。
 丸山が丸い帽子をかぶるのは、特に意味はない。ただそれは紳士用で、運動用ではない。
 そして、紳士帽をかぶるセンスは、読書好きのためだろうか。
 いつも決まった時間に喫茶店で本を読んでいる。まるで図書館にいるように、姿勢がよい。
 喫茶店の近くに大きな本屋があり、文学書や教養書、少し趣味のいい本をそろえている。
 きっとその本屋で買い、喫茶店で読んでいるものと思われるが、確たる証拠はない。なぜなら、ブックカバーをはずしているためだ。だが、本の角は綺麗で、表紙も汚れていないことから、古書ではない。
 これも、丸山のセンスかもしれない。本に本屋のカバーを掛けないことだ。本屋の宣伝をしたくないのか。または、本のイメージが変わるためかもしれない。
 丸山の喫茶店滞在時間は長い。二時間ほどだ。大きく広い喫茶店で、客も少なく、店員も客席まで入ってこない。セルフサービスのためだ。だから、何時間でも粘ろうと思えば粘れる。
 その丸山が最近意識しているのは、ライバルの男で、こちらは顔がやたらと長い。実際にはそれほど長くはないのだが、顔の幅が狭いのだ。そのため、長く見える。
 丸山はこの男を長田と呼んでいる。顔が長いので長田だ。当然本名ではないし、互いに顔は見たことはあるはずだが、目を合わせたことはない。この長田も読書のために喫茶店に来ている。決まって文庫本で、それ以上のサイズの本を読んでいるのを見たことはない。そして、本屋のカバーのままだ。丸山は新刊の小説本も買う。経済的に余裕があるのだ。そして文字が大きいので読みやすいのだろう。丸山は裸眼だが、長田は眼鏡をかけている。顔幅が狭いので、眼鏡の蔓を調整する必要がある。
 この二人は対照的ではない。実際には同類で、よく似た客なのだ。
 二人は会話どころか、挨拶も交わさないし、互いに無視している。それなりに意識しているのか、着くテーブルは最長距離の場所を選ぶようだ。
 先に丸山がいると、長田はきっちり距離を測ってくる。そのポジションのテーブルに着く。そして、長田が先にいると、やはり同じことを丸山もやっている。
 実は、この二人だけではない。他にゲストがたまに来る。カジュアルな老人だ。髪の毛は真っ白なのだが、原色系の服をいつも着ている。
 丸山も長田も、この白髪は気にならないようで、離れて座ったりはしない。あまりにも違いすぎるためだ。この白髪の読む文庫本には、本屋のカバーはない。古書なのだ。断面が黄色い。見るからに柔らかそうな紙の束なのだ。
 この白髪はスキンヘッドの巨漢を意識しているようだ。こちらはカジュアルを通り過ぎたスポーツタイプ。つまり、上下ジャージなのだ。この二人は、丸山と長田と同じように牽制し合っている。
 コミュニケーション以前に、何か気にくわない、気に入らない、何かが先立つのだろう。
 
   了
 


2012年4月3日

小説 川崎サイト