天狗
川崎ゆきお
「天狗って、何でしょう」
いつものように妖怪博士付きの編集者が雑談しに来ている。
「天狗は天狗じゃ。それ以上のものではない」
「天狗は妖怪ですよね」
「天狗は天狗じゃ」
「じゃ、河童は妖怪ですよね」
「河童は河童じゃ」
「そういうのを妖怪と言うんじゃないですか」
「どういう」
「ですから、人とも動物ともつかないものですよ」
「それをすると、個々の怪が狭められる。哺乳類と鳥類を分けるようなわけにはいかん」
「では、動物と人間は分けられるでしょ」
「わけなくともよい。人間も動物じゃないか」
「それでは」
「まだあるのか」
「はい。植物と動物は違うでしょ」
「同じ生命だ」
「じゃ、石と生命は違うでしょ」
「石から生命が生まれるやもしれん。それに石の中には、いろいろな生命が含まれておろう」
「じゃ、先生は分けたくないと」
「分類することで、世界がせばまる。それがいかん」
「いかんですか」
「ああ、いかん」
「じゃ、天狗は妖怪の一味じゃないのですね」
「そういう言い方では、妖怪族がおり、その中に天狗がおることになる」
「じゃ、天狗は妖怪ではくくれないものですか」
「天狗は何に似ておる」
「鼻が高いので、外国人じゃないですか」
「それは、ペリーガ来たときのポンチ絵だろ」
「古代にペルシャ人とか、来てたじゃないですか、今の奈良に。だから、結構濃い顔の人が、奈良にいますよ。あれは、天狗でしょ」
「それなら、山伏のような格好はせんだろ」
「じゃ、何ですか。天狗は」
「天狗は天狗だ」
「わからないんでしょ。先生」
「字面を見ればわかる」
「そんな」
「天だ」
「天麩羅の天ですね」
「伴天連の天でもある」
「天は、偉いですよ。天皇とか。天神様とか」
「だから、字面で考えればいい。天神と天狗。神と狗だ。つまり天と犬。神と畜生の違いがある」
「じゃ、天狗は犬科ですか」
「貶めた名だ」
「天狗は、天魔でしょうか」
「魔は、悪魔の魔。これより、犬畜生の天狗は、さらに貶められておる」
「そろそろ教えてください。天狗って何ですか」
「天狗は空を飛ぶだろ」
「じゃ、やはり悪魔のように、背中に蝙蝠のような羽のある存在ですね。じゃ、和製の悪魔なんだ」
「その調子じゃ」
「扮装は山伏。すると、修験者ですか」
「それは、何かを着せる必要があったからじゃ。天狗は飛べるのじゃ。歩く必要はない。山伏は、ハイカーじゃ。徒歩での山歩き用の扮装じゃ」
「では、天狗は悪魔に近いですねえ」
「しかし、日本には悪魔はおらん。鬼はおるがな」
「じゃ、天狗は鬼と同類なのですか」
「鬼は鬼で、またこれが難しく、ややこしい」
「と、いますと?」
「聞くな」
「先生はご存じのはず」
「私は、字面でしか語っておらん」
「そんなあ」
「悪魔の反対は何だ」
「神でしょ」
「鬼の反対は?」
「仏」
「しかし、天神様のように、悪霊は神になれる。だから、逆ではない。ただ、それは人が作った神だ」
「はい」
「問題は、長い鼻だ」
「お父さんはピノキオだった」
「見るからに男根。しかも勃起した。これを人前で見晒される。バチじゃな。嘘をついたバチじゃ」
「やはり、犬畜生の売りですね。だから、妖怪なんですよ。やはり」
「ピノキオは嘘をついて、鼻が伸びた」
「そうです」
「天狗も嘘をついて鼻が伸びたとせよ」
「はい」
「しかし、真実を語ったのかもしれん。嘘と判断したのは誰だ。神か仏か。語ってはならぬことを、語ったので、見せしめで、長くされたんじゃ。鼻をな」
「では、天狗は本当のことを言ったのですね」
「それは、国体を揺るがすような真実だったのかもしれん」
「そんなこと、字面だけ出よく言えますねえ」
「天狗飛来説もある」
「それは、眉唾ですよ」
「鞍馬天狗。鞍馬山の天狗。鞍馬は何を祭っておるかだ。星じゃないか」
「いいですねえ。その飛躍は」
「このネタは引っ張りたいので、またの機会じゃ」
「はい。では、また」
「ああ。嘘をつくと疲れる。私も鼻が伸びるやもしれん」
了
2012年4月4日