守護霊
川崎ゆきお
「錯覚や見間違いや、まあ、幻覚とかではなく、本物がほしいですねえ」
怪奇作家黒田は、読者からそう言われた。三村というその読者は、黒田の高校時代の先生だった。そのころから白髪の老人なのだが、今もそのままの姿だ。
二十年ぶりに再会したが、あのころの印象と違わない。ということは、年を取らなかったのではなく、最初から老けていたのだ。
高校生のころの黒田から見れば、老人に見えたのだが、実はまだ若かったのだ。
黒田が怪奇作家になったのは、この三村先生の影響だ。
オカルト現象に詳しい先生で、古典の授業中、幽霊の話しばかりしていた。他の生徒はつきあいで聞いていたのだが、黒田は本気になって聞いた。
あの世とか、四次元や五次元の世界を語り、千里眼で、過去や未来を覗ける方法などを語っていた。
それを授業中にやっていたのだから、今考えると、のんきな時代だ。
「錯覚が多いんだよね。具が出てこない」
三村先生は、不満点を述べる。
「なかなか神秘なものは書けなくて」
「死後の世界は存在する。だから、幽霊も出る」
「はい」
「それを書いてもらいたいんだがね。君の場合、そこまで踏み込んでいない。それを避けているのかね」
「いえ、フィクションですから」
「君の小説を読んでいると、幽霊は存在しないことになっている。一度だって出た試しはない。それなのに幽霊談を書いている。だが、それらは錯覚で、思い違いだったとか、トリックだったりする。それが不満でね」
「そうですか」
「君は幽霊を信じていないのかね」
「見たことないですから」
「そうか」
「それに小説で本物の幽霊を出すと、それは嘘になります」
「なぜかな」
「だって、小説はフィクションですから、あり得ないことを書いてもいいんです。だから、嘘を書いてもいい。そういう場所で書くと、嘘を書いたように見られるのです」
「なるほどねえ」
「作り話だと思われます。実際には小説は作り話なので、それでいいのですが」
「一度幽霊が出てくる嘘の話を書いてみなさい」
「はい」
「すると、小説の中に本物の霊が集まってくる。そのとき大事なのは、君の背後霊だ。守護霊だ」
「高校の時、先生に見てもらいました。僕の守護霊を」
「そうだったか」
「はい。遠い先祖らしいです」
三村はじっと黒田の体の輪郭を見ている。体と背景の境目だ。背景は三村の書斎にある本棚だ。
「ああ、見えるね。お百姓さんのようだ」
「二十年前もそうでしたか」
「それはもう忘れたよ」
「君が幽霊を書けないのは、君の守護霊が邪魔をしているようだ」
「それは僕の先祖でしょ」
「そうらしい」
「誰か分かりませんか」
「私が見ておるのに、無視しておる」
「僕の守護霊がですか」
「そうだ」
「じゃ、きっと守っているのでしょう」
「何から」
「だから、幽霊のことを語ってはいけないと」
「そういうことなら、仕方がない。守りたい何かがあるのでしょう。これで、理由が分かったので、もう本物の幽霊を書けとは言いませんよ」
「納得していただいて恐縮です」
「私も長く心霊術をやってきたが、あまり役に立たん」
「そうなんですか。僕は先生の神秘な話を聞いて、怪奇作家になったんですから、役に立ってますよ」
「そうかい。ありがとうよ」
了
2012年4月15日