小説 川崎サイト

 

乗らない電車

川崎ゆきお


 沖山は駅前にある喫茶店へ毎日通っている。外出先が特にないためだ。家の周囲を一周する外出もあるが、やはり目的地がほしい。
 それで、定年後は喫茶店を目的地とし、「外出」と称している。
 家から外に出るのだから、外出だ。それが散歩でも買い物でも、外出は外出なのだ。
 喫茶店で、特に何かをやるわけではない。新聞や雑誌が店内にあるが、滅多に読まない。世間に興味をなくしたわけではないが、直接役立たない。
 働いていた頃は、何でもいいから情報がほしかった。社会、経済、政治、スポーツ。芸能。何でもよかった。社内や取引先でのネタになる。また、知らないと話題に付いていけない。
 社内での最初の挨拶が、野球の話だったりする。沖山は特にプロ野球に興味はないのだが、社内で話題になるため、付き合いで見ていた。当然退社してからは、野球など見ない。必要ではなくなったからだ。
 働いていたころは、駅前の喫茶店など目に入らなかった。入ったこともない。家と駅を最短距離で歩いた。そして、改札前でスポーツ新聞を買い、ホームや満員電車内で読んだ。
 今は昼過ぎに駅前に来ている。そして、喫茶店の窓から電車が見える。線路が高架を走っているため、車両がよく見えるのだ。
 電車は営業しているが、沖山は営業していない。電車に乗り、都心へ行く用事がない。
 今見る電車は、休みの日に見る電車に近い。昼間なので、すいており、通勤客で混み合う、それではない。
 沖山はその気になれば、電車に乗れる。今すぐにでも乗れる。しかし、行くところを考えないといけない。それがなかなか思いつかないので、乗る機会がほとんどない。
 通勤電車から完全に降りてしまったのだ。
 喫茶店で、そんなことを思いながら電車を見ていたのだが、その沖山を見ている客がいる。実は沖山ではなく、窓の外を見ているようだ。その客も中高年で、同じように電車を見ていたのだろうか。
 そして、沖山は他の客も見る。そろいもそろって中高年だ。みんな沖山と同じ喫茶店出勤組なのだ。
 中にはかなり高齢の人もいる。ぎりぎりではないかと思えた。歩いて来たのか、自転車なのか、車なのかは分からないが、きっと沖山の大先輩だろう。
 そして、見かけなくなったときは、もう外出もままならぬ状態になっているだろう。
 沖山は昼過ぎにしか、この店には来ない。しかし、席は詰まっており、空いている席がないときもある。
 全員中高年。
 この喫茶店がなくなれば、他の店へ移動するのだろうか。
 その前に来れなくなる人が出るはずだ。
 沖山は退職してから日が浅い。だから、そんなに老け込んではない。ここでは若手だ。
 沖山は、これではいけない。ここの仲間ではないと思いたい。
 そして、喫茶店を出た後、駅へ向かった。
 電車に乗っても、行くあてがないのに。
 
   了

 

 


2012年4月20日

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