小説 川崎サイト



迷い病

川崎ゆきお



 見知らぬ町に迷い込む。そういう状況は無理があるのではないかと吉田は日頃から考えている。
 しかし、そんなことを考え続けているのも妙な話だ。
「それって、迷い込みたいからじゃない」
 友人の若山から、そう言われ、吉田は当たっているかもしれないと考えるようになった。
「迷い病なんだよな」
 若山が続ける。
「迷うことで刺激を得たいんだ。だから、そういう精神状態を発生させている元を見ないといけないんだな」
 吉田はそれが何かが分からない。ただ、妙な場所に入り込み、そこを彷徨いたいと常日頃思っているのだ。
「まあ、人には悩みがあるさ。俺なんかから見りゃ、どうでもいいような話だけど。君には気になって気になって仕方がないことなんだろ」
 若山の説では迷いたがっているから迷うことになる。
「だけどね、迷うような町なんてないだろ。それに君はいきなりそんな町へワープするわけじゃない。だいたい知ってる町だよ。どうしてそんな見知らぬ町と言える場所へ飛び込めるのか、聞いてみたいな」
 吉田は降りたことのない駅から出発し、適当に歩けばすぐに行けると答えた。
「それって確信犯だよ。迷うために知らない駅で降りるんだろ。降りる用事はそれだけだ」
 確かに若山の言う通りだった。迷うために入り込んでいる。知らない町なのだから迷うのは当然なのだ。目的地がないのだから、何に対して迷っているのかが曖昧になる。迷うのが目的なのだから、迷っていないのだ。
「次の休みも行くのかい。また見知らぬ駅へ」
 吉田は頷いた。
「変わった趣味だなあ。俺は楽しめないよ。本当に迷って帰れなくなったらどうするんだよ。まあ、駅がある町なんだから永遠に彷徨うことなんてあり得ないけどさ」
 若山の心配に、吉田は微笑んだ。あのことが多少とも分かっている友人なのだ。
「神隠しってのがあるんだ。で、それに遭遇するのは一方的じゃない。何処かへ行ってしまいたいと思う気持ちと共犯なんだ」
 要するに蒸発するということだ。この世から消えてしまうのではなく、隠れてしまうことなのだ。
 その後、吉田が消えたという話は聞かない。
 
   了
 
 



          2006年7月27日
 

 

 

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