小説 川崎サイト

 

土手カボチャ

川崎ゆきお


 高梨が土手カボチャの話を始めたときだ。
「それは、まあ、聞きたくないので、いいよ」
 高梨はまだ何も語っていない。土手カボチャと言っただけだ。この言葉に何か差し障りがあるのだろうか、と考えた。
 聞き手は同じ講習会に来ている同年輩の男だ。特に特徴はない。何度か講習会で顔を合わせるようになったので、終わってからお茶を飲んでいたのだ。
 土手が悪いのか、カボチャが悪いのか、両方悪いのか、それは分からない。
「お化けの話じゃないの」
 話す前に言い当てられていた。カボチャからハロウィンを連想したのだろう。しかし、ただのカボチャではない。土手カボチャなのだ。
 土手カボチャとは、勝手に生えているカボチャだ。栽培したものではないが、そこで根付いたのだろう。土手は草むらで、手入れが行き届いていない。堤防ではなく、その土手の斜面や下に生えている。ほとんど河川敷に近い。
 高梨は、どうして土手カボチャから、お化けの話になると思うのかと、聞いてみた。
「だって、君、妖怪の話が好きじゃないか」
 と、言われても、いつそんな話をしたのか、覚えがない。それも聞いてみた。
「講師の田中さん、鬼太郎のような髪型だと言ってたじゃないか」
 それだけのことで、妖怪の話が好きだと推測するのは困難だろう。
「実は、僕は精霊が好きでね。だから、カボチャと聞いてすぐにハロウィンのことを思ったんだ。お化けだよ。お化け」
「でも、土手カボチャなんだから、土手はどう考えるの」
「土手って、強調じゃないの」
「強調?」
「馬鹿でかいとか、どアホとか」
「この場合は、川の土手なんだ」
「ああ、そうなのか。まあ、なんだっていいけど」
「しかし、もう話さないよ。だってネタがばれてる」
「やっぱり、ハロウィンだろ」
「それに近いが、誰かがその土手カボチャに顔を削ったんだ」
「目と口をくり抜いたな」
「中は、そのまま、詰まっている。だから、表面の皮だけ削った感じだよ」
「それじゃお面にならないよ。中を抜かないと」
「それを削ったのは子供で、別にハロウィンをするためにやったんじゃない。落書きのようなものだよ」
「ふーん」
「それは初夏のことでね。だから、古いカボチャだ。茎はなく、誰かが転ばして遊んでいたんだろう」
「カボチャの花は夏に咲くんだ。だから、去年のカボちゃんだね」
「それで、変化が起こったんだ」
「そこから先が聞きたくないんだな」
「どうして」
「ポエムかい」
「ポエム?」
「そう、詩的でないとだめなんだ。それ以外の話なら、聞きたくない。ただのカボチャのお化けじゃね。それに土手で生えた汚いカボチャだろ」
「ところが、そこに入ったんだ」
「何が?」
「妖怪が」
「ついていけないなあ」
「人型というか、顔型なんだ。目が二つに口。もうこれで、入られてしまう」
「じゃ、本物のハロウィンじゃないか」
「それはどうか知らないけど、間違って入ったんだろう。子供のいたずらなのに」
「それで、どんな妖怪が入ったの」
「カボチャの」
「ああ」
「カボチャがカボチャに入る。これが一番自然じゃないか。きっと入りやすかったと思う」
「じゃ、カボチャに入る前は、どこにいたの」
「土手にいた」
「それは見えるの?」
「見えない」
「じゃ、土手には見えないカボチャが、うろうろしているのかい」
「ああ、それが土手カボチャなんだ」
「土手に生えているから、土手カボチャなんだろ」
「妖怪名が土手カボチャなんだ」
「分かった。分かった。やはり聞くんじゃなかった」
「その土手カボチャは、ハロウィンの時期まで潜伏し、ハロウィン会場で、みんなを驚かせるんだ」
「もう、聞いていないからね」
 その後、二人は講習会で、何度かまた合うのだが、互いに話しかけることはなかった。
 
   了

 


2012年4月23日

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