没個性
川崎ゆきお
「確かに人には個性がある。たった一人の人間だ。他に類がないこの世で一つの存在だ。しかしね、ここではただの一人の人間にしかすぎない。君には物語がある。どうしてここに来たのか、そのわけを聞いていけば、いろいろとで事情が出てくるだろう。ただ、それは、ここでは関係ないのだよ」
指導者はそこまで語り、お茶を飲む。
「だから、自己紹介のようなよけいなことはしなくてもいい。誰も君には興味はないんだ」
須藤は指導者の後をついて行く。そこは小高い丘で、そこから街が見える。
「この風景を見て、君がどう感じるのかは、誰も興味はない。君の感性など、全く意味がないし、用もない。そこをしっかりわきまえておくことが大事だ」
指導者は笛を鳴らす。
配下が現れた。覆面で顔を隠している。ただ、体型は隠せない。
「君のこの一員になってもらう。ただ、仲間意識など必要ではない。では、今からすぐにこの連中と一緒に行動するのだ」
指導者は丘から去った。
「どこへ行ったのでしょうね」
須藤が独り言のようにつぶやく。他の仲間にも聞こえる声量だ。
仲間たちは黙っている。
仲間たちは五人いる。須藤を加えると六人になる。
指導者が去ったので、仲間たちはぼんやりしている。そして、突っ立ったままだ。
「これからどうするのですか」
仲間たちは反応しない。座り込んでいる者もいる。また、下界の景色ではなく、背にしている山々を見ている者もいる。
「戻りましょう」
仲間たちは反応しない。
須藤は、宿泊所へ向かった。
すると、他の五人も付いてきた。
宿泊所の大部屋で須藤は五人とともに暮らすことになった。
ある日、指導者が部屋を訪れた。
「どうだ。慣れたかね」
「僕は、なにをすればいいのでしょうか」
「それは自分で考えなさい」
「あの五人は何なのです」
「君の配下だ」
「じゃ、僕がリーダーなのですか」
「そうだ」
「それで、なにをすればいいのですか」
「それは自分で考えなさい」
「じゃ、なにをしてもいいのですね」
「随意に」
「はい」
須藤は五人を連れて丘へ行き。そこで、解散を伝えた。
五人は立ち去った。三人は街へ、二人は山のほうへ向かった。
そして須藤は、街へ向かった三人の後に続くように、丘を降りていった。
解散とは、自由行動せよ、ではなく、この仲間を解散するという意味だった。
社に戻った須藤は、研修結果を報告した。
「何もしなかったのかね」主任は真っ先にそう言った。
「はい。指導者さんの言うような没個性では何もできませんでした」
「そうか、それもまた解だ」
そして、須藤は元の業務に戻った。
あの研修は、意味がなかった。指導者がたるんでいるためだ。やる気がないのだろう。適当にやっているのだ。
そして、その指導者こそ、没個性をやっていたのかもしれない。
了
2012年4月28日