小説 川崎サイト



主任

川崎ゆきお



「主任、彼を追い詰め過ぎではないでしょうか?」
「追い詰めないと良い仕事は出来ない」
「でも、あんなひどい言葉……あれでは逆に」
「それでめげるのなら、そこまでの男だ」
「でもうちの社員ですから」
「ああ言わないと彼は自分を変えようとしない。これは技術だ」
「じゃあ、無理にあんな言葉を浴びせたのですか」
「人間は追い詰められると凄い力を発揮するものだ。彼なら倍ほどの力が引き出せる。私はそれを期待している」
「そうかも知れませんが、逆の場合が……」
「その場合は彼に力がなかったまで。この仕事に合っていないんだよ」
「でも彼は十年以上この部所で仕事をこなしてきたベテランです」
「だから我社の成績が思わしくなかったんだ。私はそのテコ入れに来ているんだ」
「他のスタッフからも苦情が……」
「この仕事はケンカなんだよ。ケンカして作って行くものなのだよ」
「しかし……」
「そんな馴れ合い主義だから良い物が出来ないんだ。スタッフは全てライバルなんだ。なのに彼らは和気藹々仲がよすぎる。それじゃ刺激しあい、競い合う気持ちが薄れる」
「主任の方針に逆らうつもりはありませんが、彼らが苦しんでいることだけはお伝えしておきます」
「無理に苦しめているんだよ。苦汁をなめ、己の限界を打ち破るチャンスなんだよ」
「でも正木君は五キロほど痩せ、庄子君は心療内科に通っています」
「私はアメリカで十キロ痩せた。この仕事とはそういうものなんだよ。このままではこの会社は潰れるよ。私はそれを救いに来たんだよ。会社が苦しんだ」
「主任はタフですねえ」
「今まで打たれ続けたからね。お陰で打たれ強くなったよ。極限状態に追い込まれてこそ良い仕事が出来ることをそこで知った。能力を引き出してもらったことになるかな。世界トップクラスの仕事をこなせるようになったのもそのお陰だ。私は無理にきついことを言う。それが私のやり方だ。彼らは見違えるような力を発揮するよ。彼らにも意地があるだろ」
「主任の商品開発伝説は業界でも有名です」
「私は有名になりたくてやっているんじゃない」
「ひとつお聞きしたいのですが」
「何かね?」
「どうしてうちのような三流企業に来られたのですか?」
 主任は何も答えなかった。
 
   了
 

 



          2006年7月28日
 

 

 

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