小説 川崎サイト

 

ハブの港

川崎ゆきお


 メイン通りだが、その端は少し淋しい。だがまだ店屋は並んでいる。もう少し行くと、大きな交差点があり、そこで、このメイン通りは終わる。
 そのメイン通りで一番賑やかなのは駅前だ。そこから離れるに従い、地価も安くなり、賃料もほどほどになる。そのため、ぎりぎり離れた場所に人気が集まるのだが、駅から徒歩で結構歩かないといけないので、人通りも寂しくなる。
 歩いてまで、そんな端っこまで行く気が起こらないのだが、馴染みの店や、特徴のある店なら、歩けない距離ではないので、通う人もいる。
 立花は駅からの距離とは関係しない。家から駅へ出るとき、そのメイン通りが通り道となるため、その端っこの店の前をよく通る。
 ある夜、そこにある中華屋へ遅い夕食を食べに入った。目的がそれなので、駅前まで出る必要はない。かなり手前で用が済む。そういう客もいるので、端っこの店舗でも結構流行っているのだ。ただ、地元の人に限られるが。
 餃子が有名な店だが、不思議と餃子定食がない。このでの餃子の食べ方は、ご飯ではなく酒なのだ。
 立花は、餃子を三人前注文した。ご飯はないが、これで満腹になるはずだ。
 出てきた餃子を食べていると、横の親父が声をかけてきた。
「行ってみないかい」
 最初、中年男だと思っていたのだが、違っていた。服装が若いためだ。かなり年を取っている。
「はあ」と立花は聞き返した。
 省略しすぎなのだ。
「勝手口が裏にあるタイプじゃないと無理だがね」
 派手な服装の老人は、結構酔っているようだ。
「行きたいのなら教えてやるよ」
「何処へですか」
「ああ、それなんだが。それはよく分からない」
「分からない場所へ、どうして行くのですか」
「面白いからだ」
 立花は酔っ払いに絡まれたようなものだ。
「この中華屋は、勝手口は厨房にある。だから、駄目だ。しかし、隣の居酒屋は客席から勝手口へ行ける。トイレの横のドアがそうだ。その居酒屋は蘇州風なところへ出られる」
「そしゅう」
「シナの蘇州だ。蘇州夜曲で有名だ。桃源郷だよ。洋食屋があるだろう。その二つ向こうに」
「洋食屋?」
「英語で書かれておるから読めん」
「ああ、レストランですね。あそこも居酒屋レベルですよ、飯屋に近いです。カレーが安い。でもカレーだけ注文する客はいません」 立花はうっかり、話に乗ってしまった。
「そのカレー屋の勝手口はね」
「カレー屋じゃないですよ。一応飲み屋風レストランです」
「何でもいい、そのカレー屋の勝手口はベルサイユに繋がっておる」
「はいはい」
「この通りに並ぶ店屋は、いろいろなところに繋がっているんだ。ハブ空港だよ。ここは」
「行ってみたのですか」
「ああ、居酒屋発の蘇州は、週に二回は行ってる。カレー屋のベルサイユは一度きりだ。性に合わん」
「そうなんですか」
 立花はあっという間に二人前を平らげた。さすがに三人前にかかると箸が重くなる。
「ついつい行ってしまうんでね。だから、今夜はこの餃子屋に来た。ここなら厨房側にしか勝手口はないからね。だから、勝手に入れない。まあ、勝手口は外からは勝手だが、内からは勝手じゃない。もうひとつ、たこ焼き屋があるだろ。あの狭い店だ。あそこから近江へ出られる」
「おうみ」
「琵琶湖畔だ。安土城に登れるぞ」
 立花はもう聞いていない。スマートフォンで、ツイッターのチェックをしている。
「親父」
「はい旦那」
「この方をそこの厨房へ入れてあげな」
「厨房ですかい。旦那」
「ああ、それで、勝手口から帰ってもらえ」
「そんな面倒な」
 老人は店の親父と話し出したので、立花はやっと開放された。
 そして、ツイッターをまさぐっている間に、老人は帰ったようだ。
 立花もやっと三人前の餃子を平らげた。胸焼けがするので、お冷やをお代わりし、がぶ飲みした。
 そして、レジで勘定を払ったあと、親父が、カウンターの台を上げた。
「出ますか、勝手口から」
「ああ、そうだな」
 立花は、洒落た親父だと思った。そして、その乗りに付き合うべきだと思い、厨房へ入った。非常に狭い。そして、その端にあるドアへ向かった。横向きにならないと通れないほど狭い。
 そして、ドアを開けた。
 
   了

 


2012年5月5日

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