小説 川崎サイト

 

家抜け

川崎ゆきお


 今にも倒れそうな木造二階建ての一軒家。通りに面して門があるが、開いている。閉めることが出来るのだが、鍵が壊れているようだ。表札には(向井)とある。
 スーツ姿の青年が門柱を見ている。インターフォンらしいものはない。開いているのだから、玄関先まで入り込んでもいいと受け取った。雑草に覆われているが、石畳がある。そこだけはかろうじて草は芽を出さないが、隙間からは出ている。だから、石畳の石は雑草によって囲まれ、四角い箱のように見える。
 石畳には意味がある。雨でもそこだけぬかるまないためだ。
 青年は庭を見ながら玄関先まで行く。そのとき、石灯籠を見ている。かなり大きい。これも背の高い雑草の中に隠れていた。
 青年は大きな鞄を持っている。出前持ちのような、四角いトランクだ。近くに車を止め、ここまで来たようだ。
 玄関にはボタンがある。青年は押す。
 かすかに、ピンポンと聞こえる。室内の何処かで鳴ったのだ。これは電池があり、まだ生きているようだ。
「どなたさんかな」
 玄関の向こうから老人の声。
「いいものを持ってきました」
「押し売りかな」
「いえ、お見せするだけです。決して押しません」
「開いているからどうぞ」
 鍵は掛かっていないようで、青年は軽く横へ引くと戸が滑った。
「お邪魔します」
 青年は出前持ちのようなトランクを開け、中から壺を取りだした。
「霊感商法の、違う」青年は言い違えた。
「霊感あらたかな壺です」
「いくら」
「三百万」
「じゃ、置いていって」
「はあ」
「売りに来たんでしょ」
「はい」
「じゃ、置いていって」
「まだ、霊感壺の説明をしていませんが」
「大体分かるから、置いていって」
「あ、はい」
 青年は壺を廊下の上に置いた。
「ありがとう」老人は礼を言う。
「はい」
「じゃ」
 老人は壺を持って奥へ引っ込んだ。
「あのう」
 老人は返答しない。
「代金を」
 老人は返答しない。
 青年は靴を脱いで、上がろうとしたが、許可を得ていない。三和土まではいいが、廊下に足を乗せると、室内に入ったことになる。しかも許しも得ず。
「入りますよ」
 青年は一応声をかけた。
 老人は返答しない。
 青年は靴を脱ぎ、廊下に上がり、障子や襖を次々に開けた。
 二階にも上がった。
「やられた」
 家具は何もなく、畳も取り払われている。空き家なのだ。
「家抜けか」
 
   了

 


2012年5月6日

小説 川崎サイト