小説 川崎サイト

 

不思議な自転車

川崎ゆきお


 上田はショッピングセンターへの道を自転車で走っていた。毎日通う道だが、買い物のないときは、当然その道は通らない。だから、正確には週に二日は通っていないことになる。さらに正確を期すると、週に一度もあれば三度もある。だから、毎日通っているわけではない。だが、この場合、よく通る道よりも、さらに頻度が高いため、毎日のように通っている道とするのか好ましいだろう。要するに決して毎日ではないのだ。
 通り道の日々の変化はそれほどない。五月晴れで、昨日、曇っていたことを思うと、確かに大きな変化だが、そこには深い意味はない。そのため「最近変わったこと、ありましたか」と、聞かれて、「昨日は曇っていたけど、今日はよく晴れましたよ」では、少し妙だ。確かに変化はあったのだが、そういう変化を尋ねたのではないだろう。
 ショッピングセンターの建物が見えてくる辺りに上田はさしかかった。幹線道路から枝道に入った。左に公園、右にテニスコートがある。道幅は狭く、ショッピングセンターへ向かう車はない。駐車場はこの道からでは入れないためだ。そして、自転車が多い。駐輪場の入り口があるためだ。
 この道はショッピングセンターの横側に出る。正面ではない。抜け道のような場所で、歩行者や自転車が結構多いのは買い物客のためだ。他に用事のない狭い道路だ。
 赤とピンクの五月がテニスコート脇で造花のように咲き誇っている。上田がそれに気付く前から咲いていた。見ていたはずだが、見ていなかったのだ。ただ赤いものがあるとは思っていたはずだが。これは特に注意しなければいけないものではないため、その変化に鈍感なのだ。
 上田のうしろで、キシュキシュと音がする。危険を感じる音ではない。自動車が背後から来ているのなら、そんな音はしない。
 そのキシュキシュは自転車だった。少し大きい目のタイヤを履いた。スポーツ仕様車だが、六段程度の変則だろうか。音は、その自転車から発していたのだ。
 上田はその後ろ姿を見ていた。それほど早くはない。上田が遅すぎるのだ。だから、大概の自転車は追い抜いていく。
 キシュキシュの音が遠ざかるが、まだ視界にある。音も目だったが、サドルも目だった。通常、座っているため、サドルそのものは見えない。だが、サドルに何かをかぶせているのか、それが見える。はみ出していると言ってもいい。それは家電店のビニール袋だった。それをサドルにかぶせているのだ。
 雨の日なら、サドルが濡れないように、カバーを掛けることは考えられるが、今日は晴れている。昨日は曇りだが雨は降っていない。だから、サドルにビニール袋のようなものをかぶせる必要はないのだ。キシュキショの音は、その家電店のビニール袋からではない。自転車本体の何処かがこすれ合っているのだ。歯車系なら、間隔を置いて音がする。だが、キシュキシュは連続音だ。何処かが壊れているのだろうが、走れないほどの重症ではないようだ。
 そして、もうひとつ不思議なものを見た。
 それは上着の横からテープ状のものが延びていることだ。裏を着ているのかもしれない。洗濯用の表示のようにも見える。しかし、位置が違う。上着の横なのだ。何処に付いているものなのかを、上田は詳しく知らないが、それに近いものだ。
 同じ洗濯の表示に近いものとして、クリーニング屋が付けたテープ状のものではないかとも思えた。黄色いので、それかもしれない。客の名前が記されていたりする。それをホッチキスで、止めたもの。これではないかと上田は推測した。
 キシュキシュの音。サドルに家電店の袋。クリーニング屋のテープ。それらは一つでも妙だ。それが三つも重なっている。
 日々の変化。これは、語れる内容だ。「最近変わったことありますか」と聞かれたとき、実はこんな自転車が走っていました……と。
 
   了
 


2012年5月8日

小説 川崎サイト