小説 川崎サイト

 

海老固め

川崎ゆきお


「海老の背を伸ばすようなまねはよくない」
「でも姿勢が悪いと言われまして」
「猫背で、しかも背を丸める癖がつき、そうなったのでしょう。それはごく自然なことで、無理のない姿勢なのです」
「そうなんですか」
「じゃ、少しやってみますか」
 海老固めとは、丸くなっている海老の背をのばすことだ。これは痛い。
「痛いです。痛いです」
「そうでしょ。ある一点に力が掛かり、その負荷で痛いのです」
「でも、この姿勢を何とかしたいのです」
「それが一番あなたにとって都合のいい姿勢なんです。もし治してたければ、性格を変えることですねえ。つまり、胸を張って堂々としているような性格に」
「それは無理です」
「下を向かないで、上を向く性格にね」
「姿勢だけはできますが、だるくなります。首が」
「そうでしょ。だから、治す必要はないのです」
「性格を正せば、猫背も直りますか」
「あなたの猫背は、生まれつきです」
「じゃ、性格が形成される前から、そうなんですか」
「そうです。だから、そういう性格になっているのです」
「そういう性格とは?」
「うつむき加減の性格です。これは最初からそうなのです。先天的なものです」
「生まれながら、性格が決まるのですか」
「卵の状態から、決まっています」
「じゃ、姿勢を正しても無理なんですね」
「そうです。ガタイの中に性格が乗るのです」
「ガタイって、何ですか?」
「体つきです」
「分かりました」
 青年は立ち上がった。
 その性格上、それ以上お願いしないようだ。
「初診料はいただきますよ」
「はい、診ていただいてありがとうございました」
「少し高いですが、今後、無駄なことはしなくてもいいので、結果的には安くなります」
「はい」
 青年は背を丸めて、診断室を出た。
 海老固めされるのなら、このままでもいい。
 これも、性格がなせる選択だった。
 
  了


2012年5月13日

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