小説 川崎サイト

 

二本の傘

川崎ゆきお


 いつもの道ではなく、いつもとは違う道を坂上は今日は自転車で走っている。
 それは気分転換ではない。いつもの道はいつもの道だからこそ安定し、価値がある。それを毎日違う道を走れば刺激的だが、日常風景内では、刺激と言うほどのレベルではない。
 向こうの道と、こちらの道とでは、それほど違わないのだ。
 ではなぜ坂上は、いつもの道と違う道を選ぶ決心をしたのかだ。この場合も、決心と言うほど大げさなことではない。ちょっとした気まぐれだろうが、それでも何らかの理由があるはずだ。
 それは新しいカメラを買ったためだ。撮影目的で買ったのだが、実際にはアクセサリーで、そういうのを持ちたかっただけだ。
 そして、もう一週間ほどになる。
 その間、いつもの道すがらで写していたのだが、写すネタがすぐになくなってしまった。
 そして、日常風景なので、それほど際だった写真ではない。何の特徴もない、ただ単に写しただけの被写体だ。記録写真としても価値はないだろう。
 ただ、カメラを取り出して、写すのが楽しいので、写していた程度だ。
 それでもネタが切れた。そのため、いつもの道ではない道に入り込んだのだ。
 そこは川沿いの道で、片側は田畑だ。宅地の中の貴重な空間だ。それが広い。また、畑の周囲の住宅が遠望できる。
 橋があり、そこにある金網のフェンスにビニール傘が二本、開いたまま立っている。
 これは何だろうかと、坂上は好奇心を起こした。やはり道を変えただけの変化はあったのだ。
 近付くと、金網に張り紙がある。大根やキャベツの文字が見える。
 野菜の無人直販所のようだ。しかし、野菜類はない。売り切れたのだろうか。
 野菜名の下に金額が書かれている。代金をそこに置くのだろう。しかし、台のようなものはなく、野菜を置く場所もない。
 ということは、野菜があるときは、野菜入れのような箱を地面に置くのだろう。システムがよく分からない。
 そして、ビニール傘の意味も分かりにくい。野菜を雨から守るためだろうか。透明なので、日除けではない。
 やっと写しネタを見つけたので、シャッターを切る。
 そして、明日また、ここを通り、その変化を見るつもりだ。
 野菜が置かれ、代金が置かれているイメージを想像しながら。
 いつもの道を少し変えただけで、これだけの収穫を坂上は得たわけだ。
 だが、どうでもいいことだ。
 
   了



2012年5月15日

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