小説 川崎サイト

 

秘湯

川崎ゆきお


 秘湯中の秘湯があり、車で、そこに到達するだけでも大変な場所で、ほとんどの観光客は道に迷う。山中の林道で、未舗装の上、細い。さらに林道のため、枝道が無数にある。秘湯への案内板のようなものは何もない。
 秘湯なので、一応温泉は沸いている。露天風呂だ。そして宿泊所があり、四十ほどの部屋がある。建てる場所が限られているため、秘湯は少し離れた場所にある。
 ここに泊まりに来た秘湯マニアの中で、消息を絶った人やグループが出ている。一種の遭難だ。
 ある噂によると、秘湯のある村に忌まわしい神社のようなものがあり、その神に捧げる生け贄にされたとか。
 村は秘湯や宿泊所からさらに離れた場所に点在している。村の人口は四十世帯、百人ほどが暮らしている。
 職業は林業で、耕作地はないにひとしい。だが、山林は放置され、山仕事をする若者もいない。また、木を切り、それを売ったとしても赤字になる。
 それなのに百人もの村人が暮らしているのだから、妙だ。秘湯観光だけでは四十世帯は食べていけない。
 家々は山間のあちらこちらにあり、その中央部のやや面積の広い場所に神社がある。ただ、村の鎮守の神様ではなく、どの系譜にも属していない。これを神社と呼んでいいのかどうかは分からない。そして、問題なのは生け贄を必要とする神のようで、それはもう神ではないのかもしれない。
 秘湯のための宿泊所に外部から観光客が来る。だから、これは神様の餌箱なのだ。露天風呂に入った客を品定めし、よければ、その場でひっさらう。
 では、この村は何で食べているのだろう。村人がおり、儀式を執り行う行事もある。本来なら、廃村となるところだ。宿泊施設だけで食べていける世帯を残して。
 その生け贄の儀式を目撃した人の話によると、村人総出で参加しているようで、お年寄りから乳飲み子まで、加わっているとか。
 その神様関係で、お金が入る何かがあるのかもしれないが、売り物になるものが、あるのかどうかは疑問だ。もしかすると、生け贄の儀式で、村人が食べていけるだけの何かを産するのか。そのあたりは分からない。
 それで、秘湯に詳しい人が、その正体を明かしている。それによると、そこは秘湯ではなく秘境で、どちらかというと魔境らしい。
 つまり、秘湯までの道がわかりにくい。それで、目的地の秘湯ではなく、あらぬ方の秘湯へ入ったのではないかと。
 昔から、山にはそういった場があり、木こりや猟師が妙な場所へ迷い込む話がある。それではないかというわけだ。
 
   了
 


2012年5月25日

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