箱物幽霊
川崎ゆきお
日本には古い洋館はない。百年二百年前の先祖がそこで暮らしていたような個人の洋館はない。日本家屋なら江戸時代から残る町屋や百姓屋はあるが、それは文化財的価値があり、玄関口にパネルが張られているだろう。
ただ、そういった文化財の指定を拒んだ個人の家も結構残っている。
幽霊屋敷は箱物怪談だ。幽霊が出る家屋というより、その建物が、実は幽霊なのだ。しかし、幽霊はいつもそこにいるわけではない。動産だ。家は不動産なので、動かない。だから、家の化け物の場合、それは幽霊ではなく物の怪になる。ただ、そこに人が住み暮らしている場合、これは物理的な存在で、幽霊でも物の怪でもない。
その建物に何らかの霊が居着いており、それが災いをもたらす。よくある箱物怪談だ。
何も知らないで、古い家に引っ越した人が、そこでとんでもない目に遭い、逃げ出せば成功で、逃げ出せなければ、不幸に終わる。
そこに居着いている霊は、何らかの恨みを残した人で、地下室に亡くなった人の情報がヒントとして残されていたりする。古い写真、人形などだ。
殺人事件があり、地下室の壁に塗り込められたり、屋根裏部屋の隠し戸の中に閉じこめられていたりする。そして、その多くの箱物では、それらが霊として現れ、その存在を知らせようと、音を立てたり、姿を現すこともある。
と、そこまで怪奇作家の黒田氏は考えたのだが、似たようなパターンしか思いつかない。
その黒田氏は、古い洋館の屋根裏部屋を書斎にしている。これは、箱物の年代物で、築百年だ。当然日本にはないので、根こそぎ輸入した。
しかし、一度解体して運び込んだため、霊がこぼれた可能性もある。それに、幽霊屋敷として売り出されていたわけではない。たとえそうでもあえて言わないだろう。
黒田氏の調査によると、幽霊屋敷の可能性が高い。百年の間に何人も、この屋敷で死人が出ている。しかも病死ではなく、殺人や、事故だ。
黒田氏が書斎にしている屋根裏部屋にも隠し戸があり、人間一人ぐらい丸めて投げ込める空間がある。今はゴミ箱として使っている。当然、いきなりでは汚れるので、ビニール袋にゴミは入れている。ゴミの日に、それを出しやすいように。結構ため込んでいるのだが、まだ余裕はある。
そういう話ではなく、やはり霊はこぼれて落ちたのか、海を渡れなかったのか、この箱物には、何もいないようだ。
しかし、それでは黒田氏は怪奇小説が書けない。何か起こってもらわないと、ネタにならない。
箱物だけに、中身が入っていないことに後悔するが、本物の幽霊は怖いので、幸いといえば、幸いだ。
了
2012年5月26日