小説 川崎サイト



日傘巡行

川崎ゆきお



 白い日傘に白っぽい着物のお婆さんが歩いている。背筋はしゃんと伸び、歩き方もスムーズだ。
 三好は木陰でしゃがみこんでいる。たまには体を動かさなければと思い、散歩に出掛けたのだが、暑さにやられた。
 炎天下にウオーキングなどやるものではないことをあらためて知った。
 一度汗を出し切れば楽になるかと思ったのだが、温泉のように沸き続け、止まる気配がない。このままではやばいと思い、しゃがみこんだのだ。
 あのお婆さんのような日傘が欲しいところだが、三好は帽子もタオルも持ってきていない。
 自宅で設計事務所を開いているが、知人の工務店が潰れ、仕事の大半が消えた。部屋にいても仕事がないので散歩に出た。
 ずっと不健康な生活を続けていたためか太ってしまい、少し歩くだけでも息切れがした。
 歩きながら将来のことでも考えようとしたのだが、将来より数秒先の体調が危険だった。
 それにもう将来と呼ばれているその将来の年になっていた。どちらかと言えば余生を考えるべきだろう。
 しかし今は座り込んで休憩することが先決で、それに専念している。
 先程見た日傘のお婆さんがまた現れた。さっきは後ろ姿しか見ていなかったが、今度は真横からも見ることが出来た。
 汗ひとつかかず、軽い足取りで通り過ぎた。
 三好は自販機で冷たいお茶でも買おうと決心するが、まだ下手に動かないほうがいいと思い、喉の渇きを我慢した。
 しかし後で考えれば、あのとき無理をしてでも水分を補給していた方が良かったのではないかと思うような状況になるかもしれない。
 しかし立つ気が出ない。
 しばらくぼんやりしていると、またあの日傘のお婆さんがやって来た。
 三好は幻覚でも見ているような気がした。よく考えれば今時着物姿のお婆さんなど殆ど見ない。それだけでも珍しいのに、何度も前を通り過ぎるのは、もっと珍しく、それを通り越して妙だとも言える。
 暑さでお婆さんが壊れたのかもしれない。いや、最初から壊れているのだ。三好はそう思いながら、遠ざかる白い日傘を見続けた。
 日傘のお婆さんもウオーキング中で、決まった道筋を何周も回っているのかもしれない。
 三好は頑張って立ち上がり、自販機を探すことにした。
 
   了
 




          2006年8月1日
 

 

 

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