小説 川崎サイト

 

構造主義

川崎ゆきお


「先生、構造主義について教えて下さい」
「それは簡単だよ。構造によって成り立っているということだ」
「構造とは何ですか」
「システムのようなものかな」
「じゃ、システム主義なのですか」
「そういう主義があるのではなく、考え方だよ」
「それは、何か役に立ちますか」
「そういった考え方があるという意味で、役に立つ」
「具体的には、どんな感じなんですか」
「例えば、人格や人柄、そういったものは、個体だけではなく、環境によって変わる。ということだ。身体だけの構造ではなく、その人が置かれている立場で、キャラクタが作られるということかな」
「もう分かりません」
「早いねえ」
「すみません」
「では、君はどうしてそんな質問をしたかだ」
「レポーを提出しないといけないのです。宿題のようなものです」
「それが、君の置かれている構造だ。だから、そういう動きを君はした。この動きとは、私に質問したということだ。それは君にとってきっと大事なことなんだ」
「そうです。単位が取れないと落第です」
「君を動かしているのは、君自身のようでいて、実は違っている。しかしその動きをしないと、君は成立しなくなる。そういうことだ」
「それって、普通ですよね」
「まあね。しかし、君はそういった構造の中で生きている。だから、君の考えの中に他人が入っておる。それは社会といってもいい。それらを含めて君なんだ」
「それも普通ですよ。先生」
「それほど、当たり前になっておるのが、この構造主義なんだよ。だから、主義とか主張とかの問題ではなく、当たり前のこととして、普通に機能しておる。だからこそ怖いのだよ」
「怖いのですか」
「そうとも。偶然その立場に立ち続けると、その構造世界の人間になってしまう。そのシステムと手を結ぶのだよ」
「それも、普通でしょ」
「妙な村があるとする。それは、会社でもそうだね。そこで生計を立てておる場合、メインの場所だ。生命線だ。一番大事なところだ。だから、その団体に最もふさわしい立ち振る舞いをする。そうでないと村八分で生きていけないからね。その場合、キャラクタが変わるはずだ。ただ、個体としてのその人間の内面は出ない。良い面が出ることもあるし、悪い面が出るかもしれない。どちらを出すかどうかは、その団体と関係する。その団体で有利になるような面を出す。その方針は自分では決められないのだよ」
「先生、それって、生かされて生きているということでしょ。みんなと一緒に生きている。いいことじゃないですか」
「それは、バランスの良い場所の場合だ。ところが、この構造は普遍的なものではない。そこに構造があるというだけで、構造には良いも悪いもない。もしその場所が、妙なバランスで成立しているとすれば、その歪みが住人のキャラにも出る。そのため、その場を訪れた外部の人間は、その構造が良くわからないため、苦労する」
「先生、もう理解できません。抽象的すぎて」
「そこはノーマルな構造ではなく、妙な構造になっておる。これを魔界と呼んでおる」
「魔界と来ましたか。魔界と。先生」
「構造のバグ、構造の欠陥が、何らかの事で許されておる場もある」
「先生には思い当たることがあるよですが、僕にはありません」
「魔界は存在する。それは、教授会がそうだ」
「先生、それは具体的過ぎます」
「あいつが仕切れるのは、親の七光りだ。あいつの実力じゃない。特殊な団体になってしまっておる。私もそれに従い、媚びへつらわなければ、生きてはいけぬ。理不尽でもな」
 教授の顔が鬼のように歪み始めた。
 
   了


2012年6月1日

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