小説 川崎サイト

 

四面楚歌

川崎ゆきお


 トイレのドアを開けると、かなり広い。中央に洋式便器がある。それはいいが、ドアがロックできない。スカスカだ。
 田村はそれどころではないので、便座に座る。
 そして、少し落ち着いた頃、周囲を見る。壁ではなくドアだ。前にドアがあり、左にもドアがあり、右にもドアがある。さらに後ろにもドアがある。これを四面楚歌とは言わないが、四面ドアのトイレなど見たことはない。
 場所は商店街の共同トイレ。市営の公衆トイレではない。トイレのない店舗のため、作ったのだろう。商店街は迷路のように複雑で、そのため、各方面から、このトイレへの通路があるのだろう。
 田村はどの店にも入らず、商店街をうろうろしているとき、便意をもよおし、便所と書かれた文字下の矢印に従い、たどり着いたのだ。
 ここまでは普通だろう。だが、トイレの状態が普通ではない。
 田村はせいていたので、さっと便座に座ったため、どのドアから入ったのか、記憶が曖昧だ。そのドアはロック出来なかったので、他の三つのドアも似たようなものかもしれない。すると、誰がいつ入ってくるか分からない。
 田村はトイレのドアを開けて入った。ノックもしないで。誰かが入っていれば、開かない思ったのだ。また、洋式便器一つだとは思わなかった。もう少し広い場所で、男子用女子用があり、洗面所もあると思っていた。ところが、家庭のトイレと同じで、いきなり便器なのだ。ただ、家のトイレより広い。
 田村は急ぐことにした。なぜなら、四面から攻撃を受ける可能性が高い。いつ何時ドアが開くかと思うと、緊張で、肛門が開かない。
 しかし、ドアが開いてもいいのではないかと思うようになった。開けた人は、田村の姿を見て、すぐに閉めるだろう。それだけのことだ。
 そして無事、出し終えた。
 すっきりしたので、外に出ようとしたが、どのドアから出ればいいのかで、迷った。方角からいえば、該当しそうなドアがある。きっとそれだろう。
 該当する方角のドアは二つある。それよりも、誰かが入ってくる方が怖いので、今立っている場所に一番近いドアを開けた。
 通路が見える。見覚えがある。それで安心し、別のドアを見てやろうと考えた。この考えは、トイレ抜けの発想だ。時代劇に出てくる駕籠抜けのイメージに近い。追っ手をまくための方法だ。
 田村は反対側のドアを開けた。内側からのロックがないため、簡単に開いた。
 すると、通路が見えた。商店街の裏側だろう。商店の表玄関ではなく、裏口だ。勝手口のようなものだ。そのためか、使わなくなった流し台や、ドラム缶や一斗缶やポリタンクや木枠の箱などが雑然と通路に並んでいる。
 田村は、それらで狭くなった通路を進み、商店街らしい表通りに出た。
 シャッターが下りたままの店も多いが、アーケードもあり、商店街の行灯もしっかりついていた。
 そして、そこを抜けると、商店街から出て、普通の市街地に出た。
 無事脱出だ。
 その後、この迷路のように入り組んだこの商店街を訪ねる機会があったが、そのトイレはいくら探しても見つけられなかった。
 
   了

   


2012年6月11日

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