小説 川崎サイト

 

辻占い

川崎ゆきお


「悪い風が今、吹きましたなあ」
 川沿いの四つ辻、一方は短い橋だ。街は古く、その川は小舟が通れる程度の幅と深さがある。今はただの雨水の通り道。
「団子屋の旗がハタハタはためいておりまする。いつものはためき方ではなく、妙な動きだ」
 緒方は、この辻占いが、何を言い出しているのか、理解しがたかった。聞いているのは自分の運勢だ。
「この風は体によくない。この風に当たるのは危険じゃが、そうはいうとれん。ここに邪神の通り道があってな、団子屋の旗は間接的にその風を受けておる。だか決してあの旗の近くを邪神が通り過ぎたわけではない」
「それよりも、僕の運勢ですが、転職しようと思っているのです。どうも風当たりが強くて、何となく辞めて欲しいような雰囲気で、それに、今の仕事、最初入ったときとは違う内容なんです。だから、僕のスキルが生かせない。僕のメインスキルが生きない。それで、本来の仕事がしたいのです。だから、転職し、別の会社に入り直そうかと」
「邪神の影響で、はためく団子屋の旗。そういうことじゃ」
「それが、占いの解答なんですか」
「あなたの心が、邪神なのか、勤め先が邪神なのかは分からぬ。ただ、そういう風が見える。そこまでは分からぬが、よこしまなものがそこにおる。その影響を受けておる」
「じゃ、どうすればいいのですか」
「今、橋を渡って来たあの親子、おもちゃと言っただろ」
「何か喋りながら歩いてましたねえ」
「おもちゃと確かに聞こえた。それが解じゃ」
「おもちゃが解答なんですか」
「それが辻占い。邪神の風とおもちゃ。この構図が指し示しておる」
「おもちゃですか」
「思い当たることは?」
「うちの会社は餅屋の営業です」
「おもちと、おもちゃ。似ておるが」
「そうですねえ。で、解答は」
「さっきの親子、子供がおもちゃが欲しいと言い、親はだめと言った。買わないと。買ってやらないと。これが解答じゃ」
「すみません。うまく当てはめられません」
「否定じゃよ」
「つまり、転職はだめだと」
「それに今日は当たらん」
「どうしてですか」
「悪い風が吹いておる。これで狂わされる。邪神の影響を受けた解になる。だから、聞かなかったことにせよ」
「でも、占い代、払ってますけど」
「占わなかったこととせよ。それも一つの解」
「要するに、今、何かを判断するな、という意味ですね」
「聡い」
「ありがとうございます」
 客は去った。
 辻占いは、本当に気味悪げに空を見ている。妖しい雲が流れている。
「邪神の悪い風めい」
 と、呟くが、ただの低気圧の通過だ。
 だが、低気圧が人の心や体に影響を与えることも確かだ。

   了


2012年6月14日

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