小説 川崎サイト

 

見回り人

川崎ゆきお


「お変わりありませんか」
 見回り人が岩田老人を訪ねる。
「ああ、相変わらずだ」
「特に変わったことはありませんか」
「変わったことはないと言ってる。さらに特にとなると、さらに大きな変化がなかったかと問うておるのだろ。小がないのだから中もない。大などあるわけがない。特大などさらにない」
「いえ、ちょっとした変化でもよろしいのですが」
「あんた誰だ」
「見回り人です」
「いつもの人じゃないだろ」
「はい」
「これは大きな変化もしれん。質問者の変化は、意外と盲点かもしれん。だが、今、気付いたのじゃが、いつもではない人間が来ておる。変化と言えば、これは変化だ。しかしそこに思い至らなかったのは先にも述べたように、質問者は除外されるからだ」
「私の変化ではなく、日常の暮らし向きとか、体調などの変化はありませんか」
「その変化より、見知らぬ人間が今、ここにおる。その訪問を受けておる。これは変化と見るべきだ」
「私は見回り人ですので」
「鑑札は」
「鑑札?」
「証明するものだ」
「特にありません」
「前の人は、胸にカードをぶら下げておったぞ。定期券のような」
「ああ、そうなんですか」
「あんた、誰だ」
「このエリアの見回りボランティアです」
「そう言ってるだけじゃないか」
「ボランティアです」
「あんた、見たことはない。いつも来る人は近所の人で、たまに顔を見かける。この町の人だ。家も知っておる。あんた、誰だ」
「広域エリアのボランティアでして、違う組織です」
「じゃ、それを先に言わんか」
「すみません」
「で、証明できるものは、お持ちかな」
「あいにく」
「おかしいじゃないか、この町内のボランティアでさえカードをぶら下げておるんだ。佐々木さんだ。カードを見なくても、佐々木さんだと分かる。この町内の人だからな。あんたこそ、名札のようなカーがいるんじゃないのかい」
「じゃ、お変わりないということで、このへんで失礼させていただきます」
「逃げたか」
「では、また来月」
「失せろ、バケモノめ」
 岩田老人は塩をまいた。
 その後、その見回り人は二度と現れなかった。
 
   了


2012年6月18日

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