小説 川崎サイト



雑巾師匠

川崎ゆきお



「世の中で触れてはならぬものの一つに人外のものがある」
 雑巾を絞り込んだような顔の老人が語り始める。
「人外とは人の外、人ではないグループに属しておる。人は人と接してこそ人じゃ」
「人外のものとは、人でなしのようなものですか?」
「……ではない。人は人でなしににもなりよるが、それはまだ人の内じゃ」
「と、いいますと?」
「人ではない存在がある」
「幽霊とか」
「誰の?」
「死んだ人の」
「その人は、人じゃろ」
「でも死ぬと人ではなくなるのでは?」
「なくなるとは、この世から消えることじゃ」
「でも幽霊とかが」
「見たのかね。君は」
「僕は見ていませんが、霊感のある人なら、見えるでしょ」
「そこじゃよ問題は」
「はい」
「ある人には見え、ある人には見えぬ」
「そうですねえ」
「それはあてにならん」
「でも霊はいるでしょ」
「おってもこの世の人とは関わらん」
「そうですねえ。いっぱい人は死んでますよね。いちいち幽霊になって出て来たんじゃ煩いですしね。それで、人外のものって何ですか?」
「この世の因果とは別次元におる連中じゃ」
「想像出来ません。宇宙人とか」
「それに近い」
「本当ですか」
「神仏のようなものじゃ」
「でも、神も仏も人が作ったものなんでしょ」
「ようなものだと申したはずだ」
「ようなもの?」
「そうじゃ」
「で、その人外のものが、どう問題になるのですか?」
「接してはならんということじゃ」
「でもそんなもの、接する機会なんてないですよ」
「君の中におる」
「何となく分かりました。師匠のおっしゃる意味が」
「どう分かった?」
「人外という言葉を使いたかっただけなんでしょ」
 老人の顔はさらに絞り込まれた。
 
   了
 




          2006年8月6日
 

 

 

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